カテゴリー「国内旅行 Japon」の8件の記事

2010年2月15日 (月)

川越 喜多院 「五百羅漢」

ビアンカがいた時、川越へも遊びに行きました。目的は彼女に喜多院の五百羅漢を見てもらうため。彼女の作る彫像とは少し趣味が異なるけれど、何らかの参考になってくれればと思ったのだけれど、実際はどうだったのかなあ・・・

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このように、かなり風雨にさらされ、表情がはっきりしない羅漢様もいらっしゃるけれど、修復されきれいになっているのもある。五百羅漢を見に行くと、その中でどれかは自分と似た羅漢様がいらっしゃると言われているけれど、私にはよくわからなかった。自分がどんな人間かもわかっていないので・・・

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共感を覚えたのは、上の写真の真ん中の羅漢様。昼間の失敗を思い出して、「いやー、まいったまいった・・・」と言っていそう。

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これは、ちょっと悲しいかな。右の羅漢さまのように「まあ、のんびり行こうじゃないか」と行きたいところですが、時には、真ん中の羅漢様のような状態にもなりかねないですね。

こうありたい、と思ったのは、次の羅漢さま方。

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「おい、今晩は酒でも飲んで、話明かそうぞ!」

目黒でも五百羅漢が見られるそうなので、一度行ってみたいです。

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2010年2月12日 (金)

百観音明治堂 沼袋

     Hsakura

もう2週間前のこと(1月31日)ですが、この日は風もなく、とても暖かで穏やかな日でした。ぽかぽかと明るい日差しに誘われて、何時になく散歩をしようという事になり、主人と二人ぶらぶらと歩くことになった。

”近くの公園でも梅の花、見られるよね!”といいながらたい焼きを買い、歩きながらほおばる。なんて気持ちいいんだろう!ほんとにぶらぶら。あまりにも気持ちいいので、ほとんど散歩というものをしない私が、”行ったことの無い公園へ行ってみない?”と言い出し、知っている道も避け、ところどころで見かける地域の看板(地図)を見ながら、ある公園へ。

で、その時撮ったのが上の桜の写真、幹に入った横線の存在を考えると、どうみてもこれは桜。ほんとかなあ・・・。この公園には、野球場もあり、小さな池もあり、広い公園もあり、子供連れの家族がそれぞれに楽しんでいる。近くに桜並木も見えたので、また桜の頃、来てみよう!という事に。

あまりにも気持ちいいので、更に足を進めることにした。そして、西部新宿線の沼袋駅に初めて到達。駅の地図を見ると、なんと近くに「百観音」の文字が見えます。もうこれは行くしかありません。

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素敵!信仰心は全然ないのですが、仏像はいいですね。説明書も無く、ただ園内を見ただけですので詳しいことはわかりません。もう疲れていたので、サーッと見て帰ってしまいましたが、次回は桜の咲く頃に、ゆっくりと廻りたいと思いました。「五百羅漢」を見るのもとても楽しいですが、観音様もいいかも。下の写真は、その園内にあった梅の花。この幹、梅ですよね?ピントがずれていて、すみません。

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2007年6月10日 (日)

伊東へ

Itojougasaki1_1 茅野からビーナスラインをドライブした1週間後、6月最初の日曜日は、主人の好きな海へ。私は家でゆっくりごろごろしたいのだが、主人が海を見たいと主張するので、仕方なく付き合うことに。

さて、今回は伊東へ行き、温泉に入るのが目的。

久しぶりの伊東は、寂れている感じだった。熱海の賑やかさとは比べ物にならない。夏はもっと混むのかな?

さて、先ずは車を走らせて話に聞く”城が崎海岸”へ。駐車場が非常に狭い。今でさえこれほど混むのだから、夏は相当大変だろう。

Itojogasaki2_1 ああ、これが吊り橋、下は真っ青な海。そして荒々しい岩、岩、岩。眺めはとてもいい。ここは絶壁になっていて、山側の遊歩道から海を見た景色はこんな感じ。

つくづく思った、私はやっぱり海より山がいい。

地図を見ると、シャボテン公園の向かいにある”大室山登山リフト”が面白そうなので、行くことにする。

Itooomuroyama_1 おもしろい、この大室山、先週見た車山のように”三角おむすび”そっくり。高度580メートル、山には大きな木は無く、草で覆われている。リフトの傾斜はかなり急で、乗りはじめは後ろの低いほうを見て怖くてキャーキャー言ってしまった。

Itooomuro1 ところが頂上は、想像もしていなかった景色に遭遇する。なんとここ、カルデラのようになっていて、真ん中が窪んでいるのだ。山の周囲は遊歩道になっていて、周りの変化する景色を楽しめるようになっている。しかし、真ん中は、なんと弓道の練習場(写真で緑色が薄くなっている場所)になっていた!

Itokeshiki そして海側の景色は、こんな風。なかなかいい。でも、風が強くて長居出来ない。

温泉は、海岸に戻り、海の見える”伊東マリンタウン”内”シーサイドスパ”にてゆっくり入る。目の前にヨットハーバーを見ながら浸かるのも乙なもの。

雨季前の1日旅行もいいものですね。

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2007年6月 8日 (金)

蓼科高原へ Les plateau de TATESHINA

Venusline2_15月最後の日曜日、蓼科高原・ヴィーナスラインのドライブをしてきまして、高原特有の、遅い春の新緑やさわやかさを楽しんできました。

子供が小さい頃は、夏、ここでよく貸し別荘などに泊まり、ドライブしたり、近くの施設を訪れたりしていたので覚えているつもりでした。ところが、異なる季節ですし、久しぶりということもあって、思いもかけず、初めてのような感覚で楽しめたのがうれしかったです。

蓼科湖周りのマリーローランサン美術館などは前に行っているのでパス。とにかく自然を味わおうと、先ずは2240メートルの山頂を目指し、ピラタス蓼科ロープウェイ(往復1800円)に乗りました。

Venuspiratas2_1 下の気温は14度ほどなのに、山頂はなんと3度。風も強く、半そでの上にブレザー姿の主人も寒そう。私はウインドブレーカーに夏用のショールをマフラーのように首に巻きOK。

山の上には、溶岩や奇岩の間に植物を観察できる「軌跡の庭園」と言われている一周30分ほどの坪庭があるのですが、この時期は、まだ雪も残っていたくらいで、花には早すぎ、また散歩する私達にとっても寒すぎました。

Venusshirakabako 寒いので白樺湖(右)にある池の平温泉で暖まろうと車を走らせたのに、結局パス。白樺湖湖畔の遊歩道を歩き、自然に接するほうを選択。天気も良く、空気がとても気持ちよかったので、建物の中に入る気がしなかったのです。

Venuskurumayama あっ、車山高原(左)が見えてきました。まあるい面白い形。ハンググライダーやパラグライダーを楽しむ場所だそうです。どうです!この空の青さと山の緑のコントラスト!もう気持ちよくて気持ちよくてルンルンルン。

次は、霧が峰高原、もうここからの眺めはほんとうにすばらしい。南アルプス、八ヶ岳連峰など、2800メートル以上の山々を一望できるのです。車の量も少ないので、ドライブも快適そのもの。

Venushachijimasitugen さらに行くと、まだ行ったことのない”八島ヶ原湿原”(右)が次の観光地。トレッキングがお好きな方は、先ほどの車山山頂から霧ヶ峰を越えてここまで歩き、6月はレンゲツツジ、7月はニッコウキスゲ、8月はマツムシソウの大群落を楽しむことが出来るのだそうですが、今は、このようなちょっと寂しい景色。でも沼の水の色が神秘的で、感激。蛙がゲコゲコ鳴いている側を歩いて癒されました。

9月末には、湿原ならではの”草紅葉”が見られ、夏とは違った霧ヶ峰を楽しめるそうです。今度は、その頃また来ようかな。

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2006年12月16日 (土)

松島の瑞巌寺 Zuiganji temple

十一日、瑞巌寺に詣づ。当時三十二世の昔、真壁の平四郎出家して、入唐帰朝の後開山す。その後に雲居禅師の特化によりて七堂甍改まりて、金壁・荘厳光を輝かし、仏土成就の大伽藍とはなれりける。かの見仏の寺はいづくにやとしたはる。

        --- 奥の細道  松尾芭蕉  瑞巌寺にて ---

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今回で松島へ来たのは2回目。でも、瑞巌寺がこのような立派な建造物だったとは、恥ずかしながら今回初めて知った。この見事な杉木立の参道の正面に、臨済宗の禅寺で、伊達政宗公の菩提寺でもある本堂が存在するのだが、なんとこの見事なバランスの良い瓦屋根の本堂、そして台所である庫裏(くり)、庫裏への回廊などが国宝なのだ。

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芭蕉は、短い言葉で的確にすべてを表現している。

パンフレットによると、「828年、慈覚大師によって開創された当初は天台宗のお寺だった。その後鎌倉幕府の庇護のより真壁平四郎を迎えて禅寺にとして栄え、戦国時代に衰えた。江戸時代の初め伊達政宗の命により立派な大伽藍が完成され、雲居禅師が住職になってから、寺が盛んになったという。工事は1604年に始まり、桧、杉など良質の木は熊野から取り寄せ、さらに京都から名工を集め、5年がかりで完成させた。」

本堂は禅宗方丈様式に武家書院造りを加味した建物で、部屋は10室に分かれていて、各部屋は美しい襖絵に囲まれている。この本堂の左手前にある御成玄関の欄間の彫刻(葡萄に鼠)がとてもすばらしい。

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この正面の靴箱に靴を入れて、本堂に入る。法要が営まれる本堂の中心は「孔雀の間」。仙台藩お抱えの絵師佐久間修理(狩野左京)の筆による「松に孔雀」が描かれている。左の襖に松と楓とともに立派な尾をもった孔雀が描かれているのだが、ちょっと変。

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Photo_67 この絵を見ての通り、金箔が鮮やかで彩色もはっきりしているのは、復元されたものだから。この本堂、1985年から1997年にかけて、墨絵の間を除く全障壁画211面に対して、完成当初への復元模写事業が行われ、見事な障壁画が蘇った

なんでも、現本と同じ雁皮紙と厚い金箔を特製し、岩絵具で忠実に再現させたのだそうだ。見事な欄間彫刻の色彩も当時を再現させてくれれば、芭蕉が見たのと同じ豪華絢爛な瑞巌寺を拝見できるだろう。

Photo_71(上部にリンクした瑞巌寺のホームページを見ていただくと、部屋の間取り、各部屋の写真がご覧になれます。)

これは、上段の間の襖絵「四季花卉図」長谷川等胤作。

Photo_72 こちらは、御典医の控え室の襖絵「菊図」で、佐久間(狩野)左京一門の作。上図の牡丹と共に美しい金地に鮮やかな色の花。

各部屋がこのように手の凝った美しい襖絵が描かれているということは、政宗がいかにこのお寺に力を注いでいたかがわかる。

実は、一番載せたかった写真は、参道入り口にあった楓の木。緑と黄色と赤が一本に見られると、こんなにも豪華なのかと、初めて知った。等伯の「楓図屏風」は見事にそれを描いているなあ、と思い出し感心してしまった。

隣にある円通寺のお庭は「日本の名庭園」に挙げられるそうで、あまりの美しさに、おまけに人が少ないのでバシバシ写真を取ってしまった。松島の旅は景色の美しさと、お寺の豪華さと、牡蠣のおいしさに満足して終了した。

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2006年11月12日 (日)

智積院の長谷川等伯 Tôhaku HASEGAWA à Chisyaku-in

えっ?これが等伯の絵?大胆と思える程生命感溢れる太い幹!勢いよく伸びた枝のかっこ良さ!重なり合う赤や緑の葉っぱの華麗さ!永徳じゃないの?と、思ってしまった京都・知積院の長谷川等伯や久蔵の国宝障壁画。(下図は等伯”楓図壁貼付”)

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なんの情報も持たず、長谷川等伯といえば、”水墨画”だとしか思っていなかった私は度肝を抜かれた。なんと思い切った構図に鮮やかな色合いなのだろう!!しかも繊細な美しさも兼ね備えていて、勢いだけの(?)永徳の作品(でも、好きです。東京国立博物館でみた国宝「檜図屏風」は圧巻でした)よりずーっと優雅。

知らなかった・・・等伯は色彩の画家でもあったなんて!恥ずかしいけれど仕方がない。今まで等伯にはあまり興味が無かったんだもの・・・でも、よく考えてみると、出光美術館で「柳橋水車図屏風」を見たときに、写真でこの右の部分だけ展示されていたように思う。あの時、”なんて素敵な作品があるのかしら”と驚いたのを思い出した。(下図は、等伯の長男久蔵25歳の作”桜図襖”)

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それにしても、2つの作品とも桃山時代を代表するかのような華やかさに溢れている。

楓図の見事な紅葉の表現。赤色だけでなくまだ変化していない緑色の葉や少し変わり始めた葉を見事に組み合わせて、両方の色が鮮やかに見えるようになっている。故意的とも思われる池にかかっている楓も印象的。太い幹の下方のは野の草花が咲き乱れていて、それらの白い花が贅沢さをアピールしているようだ。意欲的な作品だ。

白い花が全面に広がっている桜図も、喜びに溢れた春の雰囲気が感じられる。よく見ると桜の花は1つ1つ盛り上がっているため、より強調されて見える。地面には野の草花が配置され、穏やかな雰囲気をかもし出している。見ての通り、お父さん(等伯)のよりずーっとエレガントだ。

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この智積院にはこのほかに「松に秋草図」(上左図)「松に黄蜀葵図」「雪松図」「松に立葵図」(上右図)などが特別展示室にあるが、元は、豊臣秀吉が3歳で亡くなった実子鶴松の菩提の為に建立された祥雲禅寺を装飾していたものだそうだ。これらの障壁画は、過去の何度かの不慮の災難に遇い、原型の四分の一以下にカットされているらしい。

今回、初めて長谷川等伯の人生(1539-1610)を知った。能登の七尾に生まれ、水墨画をたしなむ義父の影響で絵を始め、地元では仏画を描いていたらしい。30代半ばで妻子と共に上京。

狩野派の門を叩いたが、作風が合わず、一派と対立することになる。京での伝はお寺のみ。狩野派のような大集団とは一線を画した一個人、仕事を取るのはほんとうに大変だっただろう。住職や境の商人などを初め徐々に人脈を広げて行き、千利休や大徳寺の僧侶とも知り合いになれた。

50歳を過ぎた頃の事、授かる予定だった御所の障壁画を描く仕事が、永徳の賄賂によって邪魔をされ、等伯には廻ってこなかった。どうしたことかこの翌月、永徳(1543-90)が48歳で急逝している。誕生年をみると、たった4歳しか違わないを始めて認識。

その後、千利休を頼って秀吉に近づき、1592年より長谷川派にも名護屋城の障壁画の仕事が廻ってくるようになる。続いて、これらの絵を描くことになるのだ。

こうやって見てくると、等伯が祥雲禅寺の障壁画を描くとき、永徳をかなり意識したのは確実だ。大企業の狩野派の党首が亡くなった今こそ、小規模の長谷川派を発展させなければ・・・と考えたのはうなづける。

ところが、等伯には予期しないことが起こってしまった。桜図を描いた、自慢の才能有る長男久蔵がなんと桜図を描いた翌年に26歳という若さで亡くなってしまうのだ。落胆は想像を絶する。そして等伯は楓図屏風を描いた、いろんな思いを胸に。だからこの絵が意欲的だと感じたのだ。

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Photo_37 うれしいことに、この智積院には、これらの複製が実際の畳の間に展示されていて、見学者は、なんとその前に座って鑑賞できるようになっている。しかも、すばらしい庭を眺めながら!

私が行ったときは、広い畳の間に見学者が4人。うち2人は外国人のカップルで、彼らはここで、のんびり縁側に足を出し、庭を眺めていました。

秀吉の死後、家康に招かれたが、旅の途中で病気になり、江戸到着2日後、亡くなってしまう。享年72歳。京へ江戸へ、飽くなき挑戦者長谷川等伯。今回の智積院訪問で、等伯ファンになってしまった。

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2006年11月 6日 (月)

ほんとうに美味しかった北海道のウニ L'oursin de Hokkaido, c'est exquis.

この連休に、北海道の札幌と小樽を回ってきました。飛行機の予約が遅かったので理想的な時間帯はとれず、初日は午後の出発、2日目のみ前日観光、最後の日は午前便で帰るという少々不満の残る旅行ではありました。しかし、レンタカーで動いた為、小樽の運河、青山邸も見学し、ウニも思い存分食べることができましたので、十分楽しんだ気がしています。

Photo_38 先ず良かったのは、宿泊したホテルの部屋。JRの札幌駅の上にある”JRタワーホテル日航札幌”の34階でして、周りに高い建物がないために眺めが抜群!夜景は、札幌らしいまっすぐに整然と並んでいる道路のライトが美しく、遠くどこまでも続いているかのように思えました。

さらに良いのは、このタワーの22階に、地下から吸い上げている温泉を持ったスパがあること。夜景を見ながらサウナに入ったりいろんなジャグジーを楽しめるのです。私は夜10時過ぎに行ったのですが、かなりの人数の若い女性がゆっくりと楽しんでいました。

次の日の朝も天気が良く、霞が少しかかっていましたが、小樽がある祝津方面の山や市内全体、そして北海道大学の校舎や台風で被害を受けた有名なポプラ並木も見え、それだけで満足。

Photo_28 それにしてもJR北海道は立派なビルを建てたものです。ショッピングセンターは多くの人で賑わっていましたし、ホテルも満室でした。

面白かったのは、この写真。なんだか分かりますか?これは、線路の上にある屋外駐車場です。34階から見下ろすとこのような変なものが見えるのです。”何、これ?”と初めは奇妙なものに見えましたが、文字を読んで分かりました。北海道の地名が黄色い矢印と共にアルファベットで書かれているのです。例えば、右の列の中ほどは、”asahikawa”、”kushiro”などが、右から2番目には”clock tower”、次に”odori  park”、”otaru” ”hakodate”などが読めます。車だけが見えるより、ずーっと面白いですね。

Photo_29 あまり街中は歩かず、小樽へ直行。運河に沿って並んでいる倉庫の蔦の色がとても綺麗。北一硝子3号館の石造り倉庫は、建物内部に当時の線路(トロッコのかな?)があったり、喫茶ホールになっている建物の木組みの壁や屋根は見事でした。しかし、団体のバスがどんどん来ていて、どこも原宿の竹下通りなみの混み様。

すし屋横丁で甘い甘いウニや蟹を楽しんだ後は、人ごみを離れて車で10分ほどにある旧青山別邸へ。それは鰊で財を成した大網元青山家二代目政吉によって、贅の限りを尽くして建てられた日本家屋。

現在の金額にすると、32億円をかけたこの家は、柱や廊下などはすべて漆塗り、二階の廊下はうぐいす張り、10メートル続く継ぎ目のない杉の木、紫檀や黒檀に彫刻された贅沢な欄間の数々、美しい木目のたも材の階段や家具、有名な画家や書家が描いた襖や、異なる3種類の庭など、宮大工も喜んで作ったであろうと想像されるものばかりでした。

空港へ行く途中で、支笏湖へも足を伸ばし、自然を満喫。木に囲まれた直線道路は気持ち良い。ドライブしながら、12,3年ほど前に1週間かけて道東を回った時の大自然を懐かしく思い出しました。今回は短い滞在でしたが、ウニの美味しさが分かった事は最大の収穫でした。

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2006年10月30日 (月)

初めての一人旅

先週、2泊3日で京都・奈良を回ってきた。主人と一緒の旅行が一番楽しいのだけれど、今回は平日の為、主婦になってからは初めての一人旅。

今は”秋の特別公開”の時期に当たり、普段お目にかかれない宝物に会える絶好の季節。しっかり行きたい箇所をチェックし、交通手段も時間もしっかり計画を建てた。

ところが、初日から大混乱。東京駅に着くと、ものすごい人だかり。静岡駅の人身事故により、再開の目処は立っていないとの事。”ああ、主人を置いて一人で遊びに来たのがいけなかったのかなあ”などと少し後悔しながら待つこと3時間弱。本来ならば、京都に着く頃、東京駅を出発した。

京都でチェックインを済ませるとすぐホテルを飛び出した。普通、閉門は5時なのでまだ見られるかもしれないと、かすかな期待を持って特別公開されている銀閣寺を目指した。ところが、拝観受付で「特別公開は朝10時から午後4時までです。」との無慈悲な返事。結局、この日は何も見られなかった。

Photo_21 二日目は、近鉄特急で奈良へ行く。先ずは西ノ京で降り、薬師寺へ。ここで思わぬ美人画に出くわした。国宝「吉祥天画像」。美しい!私は、世界史を受験に取ったので、日本史には疎い。でも、これは、教科書に出ていたのではないだろうか?

これはまだ序の口で、薬師寺本堂、東院堂、東塔、そして興福寺の北円堂、三重塔、東金堂、五重塔、国宝館、もう、国宝のオンパレードに圧倒される。2年前の芸大美術館で開催された「興福寺国宝展」で展示されていた仏像が、本来の場所にいらっしゃる姿を見られるのも感激。

本来の目的は、奈良県立美術館の「応挙と芦雪」展だったのだけれど、芦雪の奇抜さも、四天王像、板彫十二神将立像などの躍動感ある動きにかすんでしまった。

正倉院展も初めての経験。鳥の毛で織られた屏風や染め象牙のものさし、孔雀紋の両面刺繍など、繊細な優美さには驚かされた。

Photo_18 3日目は、京都で障壁画を中心にお寺を回った。銀閣寺では、蕪村、池大雅、鉄斎、奥田元宋の襖絵。南禅寺では狩野元信、永徳、探幽の襖絵。智積院では長谷川等伯、その長男久蔵の桜図、楓図など。養源院では、俵屋宗達の杉戸絵と襖絵、狩野山楽の障壁画を見る。

もうここで終わり。それ以上歩けなかった。疲れたのでタクシーに乗れば良いのに、ずらっと並んでいるタクシーを横目に、よたよたと三十三間堂のバス停に向かった。

一人旅もいいものだと思った。新幹線のホームでおばさん一人旅らしい姿を何人か見かけた。結構いるのね、と納得。来年もしてみようかな。

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