知らなかった《聖地アトス》ギリシャ
先週の月曜日(3月2日の夜)、NHK・BShiでギリシャでの世界遺産の一つ「聖地アトス」という半島の特集を放送していました。
全然知らない地名でしたし、修道士達の、中世を思い起こさせるような厳しい生活を守り続けている一途な姿に惹きつけられ、2時間テレビの前に座り続けてしまいました。ほんと、驚きました!未だに、あのような世界があったとは・・・・
ギリシャ北東部の細長い半島の先端にあるアトス山は2033メートル、平地も無く山道ばかりの厳しい環境のその半島では、古くは10世紀から、かつては40、現在では20の修道院が存続しており、2000名程の修道士が暮らしているのだそうです。彼らは、1000年以上前からギリシャ正教の戒律を守り続け、儀式を行い、厳しい自給自足の生活を送っているのです。そこは、全く世俗から隔離された世界で、ギリシャ政府からも唯一自治を認められ、異なる時間を過ごしているのだそうです。
黒い修道服は、世俗を捨てた証、そして、腰をしっかり締め付けている黒いベルトは、貞節の証。
女人禁制のこの聖地は、動物でもメスは禁止されており、鼠を捕ってくれる猫だけは特別に許可されているのだそうです。(ネット情報によりますと、この地に女性が入ると、最大で禁固2年の罪なのだそうです。)
大きな修道院は、船で訪れる巡礼者(男性のみ)を受け入れ、食事、ミサなどを共に行って、現金収入を得ることができます。
ところがここには、修道院から独立し、個別に小さな家で生活をしている修道士もいて、自分達だけで自給自足の生活を送る人たちもいるのです。現金収入は1個50円くらいの小さな十字架を作り売るぐらいなので、新しい洋服は購入できず、継ぎ接ぎだらけ。しかも、あまりの孤独に耐えかねる時は、なんと井戸に向かって聖歌を歌うのだそうですよ。
洞窟で暮らしていた修道僧もいたのだそうです。まるで聖書の世界ですね。一人荒野で修行した聖ヨハネか、またまた、一人砂漠で隠者として著作と瞑想にふけった聖ヒエロニムスか・・・
確かにフランスでも、修道院生活は厳しいと聞きましたが、水も電気も通っているし、売店の女性と話している場面(セナンク修道院で見ました)もあり、世俗とも十分に繋がっています。しかし、ここアトスは全くの隔離された孤独な修道院生活。
その様子は、驚くほどの禁欲的でした。現世は仮の世で、死後に天国で暮らすことのみを望み、天国へ行くには、弱い自己に打ち勝ち、欲を捨て、祈りを続けなければならないのです。
朝4時半起床、すぐに3時間の重要な儀式、聖体拝礼(でしたっけ?)を執り行う。8時半、朝食、その後は6時間の労働。黒い修道服のままで農作業や建物の修理も行う。
その後、また祈り、夕食は一人が聖書を読んでいる間に、沈黙の中で食事を終えなければならない。食後、個人の部屋に戻るけれど、私用品は一切無く、静寂の中、イコンを置いている自分の机にすわり、神との対話を行う・・・。
少し歴史的な話をしますと、8世紀の偶像廃棄運動で、多くの板に描かれたイコンは壊されました。テレビでも、見事に縦に割れたイコンが映っていましたが、面白いことに《イコンは、神が描いたもので、偶像ではない》という結論に達し、それ以降は、立体的な像は作られないものの、イコンは描かれていったのだそうです。
13世紀始めには、十字軍によって、コンスタンチノープル陥落。そして、15世紀の半ば、オスマントルコにより東ローマ帝国が滅亡。後ろ盾を失った修道院は、その宗教精神を守るために重税に甘んずる道を選びます。確か、ブルガリアの《リラの僧院》も同じような苦しみを味わっていましたね。その後、ロシアのロマノフ王朝からの援助で息を吹き返したのも束の間、ロシア革命により、まだ援助を失ったのです。
まったく、厳しい歴史の積み重ねです。しかし、宗教は強い!最近は、EUの援助を受け、修復工事なども可能になっているのですが、未だにカトリックへの不信は強いのだそうです。これだけの長い歴史を考えると、そういう姿勢もうなづけますね。
ギリシャは新婚旅行で訪れた国。紀元前の遺跡のほかロードス島も行き、それで満足していたのですが、こういうギリシャ正教の世界には気が付きませんでした。この番組を見て、北の方にあるギリシャ正教の修道院にも興味が沸いてしまいました。
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