カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の52件の記事

2009年12月17日 (木)

思わず、ありがとうと言ってしまった・・・

   Galerielafyette

これは、2006年12月のパリ、ギャラリー・ラファイエットです。今年はどんなイリュミネーションでしょうか?今、パリは大寒波に襲われていますが、そんなこと気にもせずに、デパートの中は賑わっているのでしょうね。

さて、フランス語検定の結果についてですが・・・送られてきました。
葉書の”ここから開いてください”と書いてある面を開けると、「2次試験 受験案内」の文字が・・・・急いで反対側を開けると、「一次試験結果通知書 準1級 合格」と書かれています。思わず、「神様、有難うございます・・・」と呟いてしまいました。

2級の時と違って今回は微妙だな、と自分でも解っていました。あそこで女性形のeをつけなかったとか、複数のsをつけなかったとか・・・。ディクテがよくないのはわかってたし、和仏も微妙だったし・・・予想していたとおりで、私の点数は、合格基準点の73点よりたった2点上回った75点でした。1次合格率は25.5%だそうです

きっと、他の皆さんも同様に同じようなミスをしていたのでしょうね。ほんの少しの違いで、合格圏に入ったり入らなかったりするもの。合格はほんとにありがたいことです。でも、点数が示すように、真の準1級にはまだまだ。今回の試験で自覚した苦手な部分は克服できるように、これからも勉強を続けていきたいたいと思っています。

さて次の問題は、1月下旬に行われる2次試験。会話ではなく、提出された2つの問題から1つを選び、3分間で自分の意見をまとめ、その後、面接官の前で3分間の論述をし、さらにそれについての面接官からの質問に答えるというもの。つまり、準1級の受験者には、時事的な問題について、自分の知識と考えをフランス語で論理的に展開する能力が要求されているのだそうです。

あれ~~~、どうしよう・・・・最近、フランス語の会話をきちんとしていない・・・何かの問題についても考えていない・・・今のままでは3分間で自分の意見を論理だてて説明できるとは到底思えない。気を引き締めて取り組まなければいけないようです。

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2009年12月 5日 (土)

フランス語検定の効用

    Heirinji1

先週、平林寺で撮ってきました。ちょっと遅かったようでしたが、広い境内には燃えるようなもみじに囲まれた道がこれでもかと続き、もう満足満足!でも、それにも負けないほどものすごい人出にもびっくり。周りの道路はごった返していて、到達するにも帰るにも忍耐の要る場所でした。

ここでちょっとしばらくお休みをしていた言い訳をさせていただきたいと思います。実は、フランス語検定準1級を受けるために勉強をしていたのが重荷になっていた事、さらにこの秋学期は、週に5つものフランス語講座をとってしまい、その予習と宿題に日々追われていたため、ブログを書く精神的余裕が無かったのです。

6月に仏検2級を受け、1時間半の試験時間なのに、30分で解いてしまって・・・人から難しいと聞いていたテストがこんなに簡単でいいのかしらと驚いたのです。そこで、自分の力は準1級を狙うのに丁度いいのではないかと思い、受けることに決めたのですが、なんとそのテスト内容を見て唖然。

前置詞、動詞、時制の問題、様々な文章問題の上に、さらに仏文和訳と和文仏訳が加わっているのです。あれ~~!ディクテも和文仏訳もまともに授業を受けたこともないし、最近、フランス語も真面目に書いていない自分に気がついたのです。

必要ないと思っていた検定試験でも、受けようと思ったとたん、自分のあまりものいい加減な実力を認めなければならなくなり、結構辛いものがあるものですね。でも同時に、自分の苦手を素直に認めるのは、なんと気持ちのいいことか、ということにも気がつきました。!

帰国してから今まで、フランス語にまっすぐ向き合ってこなかった・・・ラテン語やイタリア語など、余所見ばかりしていた私。更に悪いことに、自分の能力からして、もうこれ以上語学力は上がらないと信じていた私。検定を受けようとした方向は正しかったと実感しています。

目標を決めると、自分の弱いところ、やるべき道も見えてきていいですね。だらだらと続けていたフランス語が生き生きしてきたように思います。

結果は来週送られて来るそうですが、合格してもしなくても今の私は非常に満足しています。この試験は年に一回しかないので、不合格であれば来年また受けるだけのことです。きっとその方が私にとっていいのでしょう。真面目にもう少し書く力をつけ、ディクテも授業を取ったりして自信をつけ、単語も意識的に覚えようとするでしょうから・・・でも、自分の記憶力の悪さにはほとほと困っておりますが。

    Heirinji2

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2009年8月22日 (土)

この夏の旅行

   Gal_int1

この夏の旅行は、計画している間に訪れたい箇所がどんどん変わっていき、結局は、ミラノでレンタカーを借りた後、北のスイスに入り、いろんな峠を越え、世界遺産であるザンクトガレン修道院(上の写真)やスイスの東の端にあるミュスタイヤの修道院まで行き、サン・モリッツで山に登ったり(当然リフトでですが)した後、ベルニナ峠を越え、イタリアに戻り、これまた世界遺産であるけれどちょっと行きにくい”カモニカ渓谷の岩絵群”を見て戻ってきました。

今回の計画で失敗したことは、地図上で見ると、走行距離はあまりないと思っていたのに、、何度峠を越えたか分からないほど、実際は高低差がかなりあった事。ちょっと怖いこともあり、緊張しました。

良かったことは、リヒテンシュタインという小さな国が意外と良かったこと。清潔な小都市といった感じで、”あれは区役所ですか?”と尋ねた建物が、政府の建物だと聞いてびっくり!その隣にあった公会堂のような建物は議会でした!すべてがこじんまりとしていて、とても気持ち良かったですよ。これで私の訪問国が1カ国増え、41カ国になりました。

行程を書いておきますと、(ホテル、レンタカーはネットで予約済み)

1日目:19:00 ミラノ着、高速道路A8沿いのホテル泊

2日目:ミラノ発 -> コモ方面行きA9を北上、スイス国内に入る -> ベリンツオーナBellinzona(3つのお城が世界遺産) -> サン・ベルナルディーノ峠越え 2065m -> 渓谷 -> Zillisの教会(天井の板絵) -> クール泊 Chur(グラウビュンデン州の首都、旧市街、聖マルティン教会、聖母マリア大聖堂)

3日目:クール -> リヒテンシュタイン(商店街、教会) -> ザンクトガレンSankt Gallen(大聖堂(上の写真)、大修道院付属図書館、旧市街) -> アッペンツェル地方のドライブ -> ゼンティスZantis (2502m 岩の絶壁の頂上までロープウェイで行く。本来ならば、壮大華麗なパノラマが見られるはずだったのですが、雨の為雲の中で真っ白。往復4000円ほどかかるけれど、その絶壁を登るのはドキドキでした。お勧め!) -> クール泊

4日目:クール発 -> ヴァルベラValbellaを通る道を選択、美しい景色の広がる道でした(この途中に、Parpaner Rothornに行けるリフトあり) -> ツューゲンZugen渓谷沿いを走る -> ダヴォスDavos -> フリュエラ峠Fluelapass 2383m (歩きたくなるような景色が広がっている) -> スイス国立公園 -> オーフェン峠Ofenpass 2149m -> ミュスタイアMustairの修道院(世界遺産、次の写真) -> またオーフェン峠(引き返したのです) -> サン・モリッツ泊(セガンティーニ美術館)

  Mus_int1

5日目:サン・モリッツ -> ピッツ・コルヴァッチェPiz Corvatsch(3303m 2つのロープウェイの乗り継ぎ頂上近くへ) -> ディアヴォレッツァDiavolezza 2973m(次の写真) -> ポントレジーナPontresinaの教会(フレスコ画) -> シルス -> マローヤ峠Maloja1815m ->(一気に下る)-> (細い急な坂道を一気に上る大変な道) ソーリオSoglio 1100m -> (一気に下る、途中車のギアがはずれたような状態になり、ブレーキだけで降りる。怖かった・・・、フィアットのオートマチック車には、日本のような1とか2の切り替えが無かった・・・) -> (マローや峠を越えるために、また急な坂道の連続を登る) マローヤ峠(この峠は二度と通りたくない) -> サン・モリッツ泊

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6日目:サン・モリッツ発 -> ベルニナ峠 -> (ティラノのイタリアに入る) -> アプリカ峠Passo dell Aprica -> コルテーノ・ゴルギ渓谷Val di Corteno Golgi -> Edoloから南へカモニカ渓谷沿いに -> Capo di Ponte(ヴァル・ディ・カモニカ国立公園の岩絵群見学、案内板が無いので、町の人に聞いたら、2人の人が争うように丁寧に教えてくれました。それでも分かりにくかったです。しかも駐車場のない場所だったし、さらに車を止めてからかなり歩かなければならなかったので大変でした。でも貴重な世界遺産を見られました。) -> 南下してベルガモBergamoヘ(前回行っていなかった美術館へ行きたかったのですが、なんと修復中との事。がっかり・・・で、また旧市街を見てきました。とても綺麗でした。) -> コモ湖沿いのホテル泊

7日目:コモ発 -> 世界遺産のオスッチョOssuccioに挑戦(急な坂道を登っていった途中で、人に”この車で行けますか”と尋ねたところ、ノー。ジープでしか行けないそうで、しかも歩く必要もあるのだそうです。で、諦めました。) -> ピオナPionaの修道院(コモ湖の北の端の小さな半島にある。コモから片道1車線の道を3時間かけてやっと着く。遠かった・・・下の写真) -> コモに戻る(ドゥオーモ、サン・フェデーレ教会、サン・タポンディオ聖堂) -> マルペンサ空港へ

 Pio_clo1     

欲張って計画を立てても、全部を回ることはなかなかできないものですね。今回の収穫は、サン・モリッツ周辺がとても素敵だったこと。スイスは、西のほうは何度か訪れていて、何処も綺麗だなあと感心していましたが、今回廻った東の方は、それにも増してよかったです。また行ってみたい所になりました。

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2009年7月16日 (木)

3泊4日の予定が1ヶ月に

La_petite_fille_2 今日、東京は34度にも達し、この夏一番の暑さになったそうです。普通ならすぐにでも冷房をかけてしまうのに、今日はなぜか日中は冷房をかけないようにしようと決めたのです。結構できるものなのですね。
でも夜になって、やはりかけてしまいました。冷房って気持ちいいなあ・・・。

今日は久しぶりに解放された一日!しなければならないことはあるけれど、何もしない事に決めたのです。なんて気持ちいいのでしょう!一日中、だらだらだら・・・。気ままに、気になる本を広げ飽きると次へ。

生産性はないけれど、こんな日もいいかも!!!
今は、”La petite fille de Monsieur Linh”(リン氏の小さな娘)を読んでいる最中。人種が違っても、言葉が分からなくても、心を通い合わせる2人の老人、その何もいえない暖かさに、いつの間にか目頭が熱くなってきます。この後、どうなるのかしら・・・

***** *****

少し前の事になりますが、思いがけないことになってしまったお話を少し。

5月始めの連休、主人と一緒に3泊4日の予定で実家へ帰った時の事。温泉へ行ったり妹の家族とも久しぶりに会えるので、楽しい休日になるはずだったのですが・・・

なんと元気だった83歳の父が、朝の散歩から帰った後、”調子が悪い”と青い顔をして、そのまま廊下でドタっと気を失って倒れたのです。

うそーっ!妹はすぐに救急車を呼び、私の方は、私はなぜだか心臓せっせとを押していました。こ、こんなことになろうとは・・・

検査の結果、不整脈がひどく、ペースメーカを入れなければならないとの事。結局手術を行い、3週間弱入院ということになったのです。

いくら元気とはいえ、一人暮らしの83歳です。いつかは何かが起こるのではないかと心の片隅では思っていたのですが、このように、私達の目の前で倒れることになるとは・・・想像もしていませんでした。

でも、よかったです、身内が沢山いる中でこのようになって・・・。もし一人で倒れて、何日も誰にも気づかれなければ、どんなになっていたか・・・想像するのも怖いです。

さらに、心臓の病気には全く無知だったのですが、医師をしている同級生から説明を聞き、不安が少し和らぎました。同級生ってほんと有難い!

現在、父はまた一人暮らしに戻りました。安全の為と思い、父の入院中にいくつか廻った施設の内で気に入った老人専用のケアハウスに予約を入れたのです。一応、父も連れて行ったのですが、父は”順番が廻ってきても入らない!”とのこと、絶対自宅にいるのだそうです。

今のところ自分で生活はできるのですが、これからどのようなことが私にできるかと思案中。私の生活も少し変わりそうです。

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2009年3月20日 (金)

多忙につき・・・

  Deni10_int

しばらく記事の更新がなされていなくて、すみません。

事情により、時間的余裕がなくなり、しばらく更新できなくなりそうなのです。

気が向いた時は、記事を書くかもしれませんが、基本的にしばらくお休みさせていただきます。(4ヶ月ぐらい?いえ、もっとかな?)

教会の記事を楽しみにされていた皆様、すみません。また、落ち着きましたら、ロマネスクだけでなく、フランスのゴシックの教会もアップしていきたいと思っております。

書きたいのは山々ですし、多くの写真達もアップされたい!と叫んでいるかもしれません。その上、書いて欲しいと頼まれていた地域もあったのに・・・・ごめんなさい!かなり先になりそうです!

上の写真は、パリ北部、サンドニの教会内部です。シュジェールの思想が具体化された有名な教会!現在では、石の肌とステンドグラスの美しい色がかもし出す穏やかな空間を味わえますが、当時はもっともっと色鮮やかで派手だったようですよ。今日では、想像するのも難しいですが・・・。

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2009年3月 8日 (日)

知らなかった《聖地アトス》ギリシャ

Atos1_map 先週の月曜日(3月2日の夜)、NHK・BShiでギリシャでの世界遺産の一つ「聖地アトス」という半島の特集を放送していました。

全然知らない地名でしたし、修道士達の、中世を思い起こさせるような厳しい生活を守り続けている一途な姿に惹きつけられ、2時間テレビの前に座り続けてしまいました。ほんと、驚きました!未だに、あのような世界があったとは・・・・

ギリシャ北東部の細長い半島の先端にあるアトス山は2033メートル、平地も無く山道ばかりの厳しい環境のその半島では、古くは10世紀から、かつては40、現在では20の修道院が存続しており、2000名程の修道士が暮らしているのだそうです。彼らは、1000年以上前からギリシャ正教の戒律を守り続け、儀式を行い、厳しい自給自足の生活を送っているのです。そこは、全く世俗から隔離された世界で、ギリシャ政府からも唯一自治を認められ、異なる時間を過ごしているのだそうです。

Atos2_map 黒い修道服は、世俗を捨てた証、そして、腰をしっかり締め付けている黒いベルトは、貞節の証。

女人禁制のこの聖地は、動物でもメスは禁止されており、鼠を捕ってくれる猫だけは特別に許可されているのだそうです。(ネット情報によりますと、この地に女性が入ると、最大で禁固2年の罪なのだそうです。)

大きな修道院は、船で訪れる巡礼者(男性のみ)を受け入れ、食事、ミサなどを共に行って、現金収入を得ることができます。

ところがここには、修道院から独立し、個別に小さな家で生活をしている修道士もいて、自分達だけで自給自足の生活を送る人たちもいるのです。現金収入は1個50円くらいの小さな十字架を作り売るぐらいなので、新しい洋服は購入できず、継ぎ接ぎだらけ。しかも、あまりの孤独に耐えかねる時は、なんと井戸に向かって聖歌を歌うのだそうですよ。

洞窟で暮らしていた修道僧もいたのだそうです。まるで聖書の世界ですね。一人荒野で修行した聖ヨハネか、またまた、一人砂漠で隠者として著作と瞑想にふけった聖ヒエロニムスか・・・

確かにフランスでも、修道院生活は厳しいと聞きましたが、水も電気も通っているし、売店の女性と話している場面(セナンク修道院で見ました)もあり、世俗とも十分に繋がっています。しかし、ここアトスは全くの隔離された孤独な修道院生活。

Atos3_simona_petras

その様子は、驚くほどの禁欲的でした。現世は仮の世で、死後に天国で暮らすことのみを望み、天国へ行くには、弱い自己に打ち勝ち、欲を捨て、祈りを続けなければならないのです。

朝4時半起床、すぐに3時間の重要な儀式、聖体拝礼(でしたっけ?)を執り行う。8時半、朝食、その後は6時間の労働。黒い修道服のままで農作業や建物の修理も行う。

その後、また祈り、夕食は一人が聖書を読んでいる間に、沈黙の中で食事を終えなければならない。食後、個人の部屋に戻るけれど、私用品は一切無く、静寂の中、イコンを置いている自分の机にすわり、神との対話を行う・・・。

少し歴史的な話をしますと、8世紀の偶像廃棄運動で、多くの板に描かれたイコンは壊されました。テレビでも、見事に縦に割れたイコンが映っていましたが、面白いことに《イコンは、神が描いたもので、偶像ではない》という結論に達し、それ以降は、立体的な像は作られないものの、イコンは描かれていったのだそうです。

13世紀始めには、十字軍によって、コンスタンチノープル陥落。そして、15世紀の半ば、オスマントルコにより東ローマ帝国が滅亡。後ろ盾を失った修道院は、その宗教精神を守るために重税に甘んずる道を選びます。確か、ブルガリアの《リラの僧院》も同じような苦しみを味わっていましたね。その後、ロシアのロマノフ王朝からの援助で息を吹き返したのも束の間、ロシア革命により、まだ援助を失ったのです。

まったく、厳しい歴史の積み重ねです。しかし、宗教は強い!最近は、EUの援助を受け、修復工事なども可能になっているのですが、未だにカトリックへの不信は強いのだそうです。これだけの長い歴史を考えると、そういう姿勢もうなづけますね。

ギリシャは新婚旅行で訪れた国。紀元前の遺跡のほかロードス島も行き、それで満足していたのですが、こういうギリシャ正教の世界には気が付きませんでした。この番組を見て、北の方にあるギリシャ正教の修道院にも興味が沸いてしまいました。

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2009年1月 3日 (土)

2008年に鑑賞した美術展一覧

私がブログを書き始めたきっかけは、展覧会の感想を忘れように書き留めておくためだったのですが、いつの間にか方向が変わってしまいました。まあそれも良いのですが、それにしても、昨年の実績はひどいものです。

なんと、昨年1年間に鑑賞した美術展は、たったの38・・・。以前はこの倍の数見ていたのに・・・悲しいかな、これではとても”美術鑑賞が好きなんです!”とは言えませんね。

でも昨年は、本当に興味のある展覧会だけを見に行ったので後悔はありません。ただ、春に京都l国立博物館で開催された「河鍋暁斎展」を見なかったのは、ほんとに残念!この頃は、旅行が詰まっていて忙しかったのです。

今年は目標が低いのですが、1週間に少なくとも1つの美術展は鑑賞して、その感想も少しでもいいから書きたいと思っています。パンフレットだけのときもあるかもしれませんが・・・。

一応忘れないために、昨年の一覧を書いておきます。この作業をしながら、だんだんその美術展を見たときの感激を思い出しました・・・それなのに、この観覧記の数の少なさといったら・・・なんと情けない。すぐに書かないといけませんね。

<1月>
★(1)「故郷のスイスの村のぬくもり アンカー展」 Bunkamura 2007/12/1-2008/1/20 観覧記

★(2)「ティツィアーノ《うさぎの聖母》 聖なる詩情」 LOUVRE-DNP ミュージアム・ラボ 2007/10/27-2008/3/1 観覧記

F_2 ★(3)「近代日本画 美の系譜」(水野美術館コレクションの名品より) 大丸ミュージアム東京 1/10-1/28

こんなに見事な美術品を豊富に持っている美術館が長野県にあるとは、全然知りませんでした。ぜひとも訪れてみたい美術館の一つになりました。山種美術館の長野版のようです。このような日本画は、ほんとうにいいですねえ。

橋本雅邦「紅葉白水」、横山大観「鶉」、下山観山「春秋」、池上秀畝「歳寒三友」、上村松園「夕べ」、鏑木清方「大川の虹」、樫山南風「朝の月」、山口蓬春「夏蔭」、杉山寧、高山辰雄、加山又造など。

F_3 ★(4)「没後100年 橋本雅邦展」 川越市立美術館 1/12-3/9

雅邦の、江戸末期から明治初期に渡る作品を見たいとずーっと思っていました。でも、今回のは、ほとんどが明治以降のものばかり。

維新前の雅邦の作品が少ないのは、明治3年の火災によって全てを失ったからと知ったのですが、気の毒なことに、それより1年前に奥さんがあまりの環境の変化によって発狂していたのです。江戸末期の画家は大変な時期を過ごしました。彼の作品については、また書きたいと思っています。

Photo ★(5)「相原求一郎記念室」 川越市立美術館常設展

名前だけは知っていたのですが、作品を認識したのは今回が初めてです。風景画を描いているのに、幾何学模様のようで、しかもおだやかでなつかしいような不思議な感覚になり、気に入ってしまいました。

相原求一郎(1918-1999)川越に生まれ。なんとモダニズムの猪熊弦一郎に師事し、抽象か具象に悩む。1980年以降は北海道の大地をライフワークとして描く。北海道中札内村に”相原求一郎美術館”があるとのこと、いつか訪れてみたいです。

さらに、この川越美術館には、私の好きな画家、小茂田青樹の絵も多く所蔵していることを知りました。彼は川越出身だったのですね。

Photo_2 ★(6)南川三治郎氏の写真展 「世界遺産巡礼の道を行く」  FUGIFILM SQUARE 2007/12/28-2008/1/30

南川氏の2冊の写真集の中から私が見たのは、”カミーノ・デ・サンティアゴ”の写真でして、ヴェズレーからサンティアゴまでのロマネスクの教会を美しく感動的に映し出していました。

大きい写真はなんと畳一畳ほど。圧倒されました。フランスについては訪れたことのある教会ばかりでしたが、スペインの北の方は未知の世界なので、憧れもあり、うっとりとそして食い入るように見てしまいました。

少し先の話ですが、主人が退職した暁には、ぜひともレンタカーで廻りたいと思っております。それまでには、スペイン語もなんとかしなければいけないのかな・・・?

Photo_3 ★(7)「ロートレック展」 サントリー美術館 1/26-3/9

「日本初出品となるオルセー美術館のロートレック・コレクションをはじめ、各国から集められた油彩画の名品、挿絵、素描など250点を公開する」展覧会。

彼のポスターはほんとにかっこいい!なんとセンスが良いのだろうといつも感心してしまいます。「赤毛の女(身づくろい)」も繊細な線が、娼婦達の心の、力強くもあり崩れやすくもあるもろさを表しているようで、美しく切なかったです。

<2月>
★(8)「宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝」 東京国立博物館 1/2-2/24

F_4 ★(9)「王朝の恋ー描かれた伊勢物語」 出光美術館 1/9-2/17

日経新聞に「日本絵画の古典を見る楽しさを素直に喜べる展覧会だ」と評されていましたが、展示に工夫がされていて、ほんとにそのとおり、とても気持ちよい美術展でした。

仮名と絵の調和の美、そして男側からみる多様な恋の行方が、鎌倉時代の絵巻物から始まり、伝宗達の色紙や華やかな屏風に描かれ、ほんとに目だけでなく心まで楽しませてもらったように思います。

さらに、場面ごとに内容の説明が書かれているので、私のように古典に疎い人でも十分に楽しめてとても有難かったです。

<3月>
Vinusf ★(10)「ウルビーノのヴィーナス 古代からルネサンス、美の女神の系譜」 西洋美術館 3/4-5/18

少々疲れ気味で観覧したため、気分が乗らず、あまり楽しめなかった美術展でした。前述の”王朝の恋”のように、展示に工夫がされていると、私のようなボーットした頭で見ている人もひき付けられたと思うのですが・・・。

美の象徴としてのヴィーナスは、かつては神話の中のような、つまり中性のような印象を与えていたのだけれど、視線がぐっとこちらに向けているティツイアーノの絵によって、意思を持った、実際に生活をしている女性を表している絵に変わっていました。

これがまた、マネによって模倣されるのだけれど、ジョルジョーネのヴィーナスと3つを並べれば面白いだろうなあなどと、関係ない事を考えていたので、他の絵の印象はまったく無し、私のポカです。

アンニバレ・カラッチの、ティツイアーノと違った美しさ、エレガントさを確認できた事が、私にとって唯一の収穫でした・・・

<4月>
Guppio ★(11)「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロとグッピオの書斎」 イタリア文化会館

イタリアのルネサンスの頃は、各地に芸術や文化復興に尽力した優秀な領主がいたのですね。ウルビーノのフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(Federico da Montefeltro 1422-1482)もその一人だそうです。

ピエロ・デッラ・フランチェスカの絵で彼を見た事はありましたが、彼については全然知りませんでした。ウルビーノへは行ったことがないので、また勉強しなければなりません。

Guppio2 グッピオで彼が使用していたというこの美しい書斎。本物は、ニューヨーク・メトロポリタン美術館へ売却してしまったため、5年の歳月を費やして再現したそうです。書斎内部すべてが、遠近法とトロンプ・ルイユ(Trompe-l'oeil 騙し絵)が組み込まれた寄木細工でできているという信じられない部屋です。

寄木細工といえば、教会の聖職者席でよく見ますが、このような部屋全体というのは、初めてです。しかも、この格子模様もすべて木、物の影までも木で表現されていて、あまりの細かな技巧に驚きの連続でした。

数学者でもあったピエロ・デッラ・フランチェスカの「遠近法論」のファクシミリ版も展示されており、他のページも見てみたいなあと思いながら、食い入るように見てしまいました。こんな珍しいものが見られたなんて、感激です。

Sakura2008 ★(12)「桜さくらサクラ2008」 山種美術館 3/15-4/20

この山種に通っていると、何度も同じ絵と出会うことになるのですが、桜のやさしいピンク色は、ほんとに華やかで、どんな時もやさしく心豊かにしてくれるので、また足を運んでしまいます。

奥村土牛の淡いピンク色の広がる山々も、橋本明治の華やかな桜も、松岡映丘の平安調も、石田武の朧な月夜も、すべて大好きです。ほんといいですねえ・・・

★(13)「21世紀展」 東京美術クラブ

--- ここまで書いてきたのですが、すみません・・。今回の報告は、これまでとさせていただきます。馬鹿な私です、毎回、少しでも書けば、こんなに苦労することは無かったのに・・・。

<7月>
★(14)「コロー 光と追憶の変奏曲」 西洋美術館 6/14-8/31 観覧記
★(15)「対決ー巨匠たちの日本美術」 東京国立博物館
★(16)「フランスが夢見た日本」 東京国立博物館
★(17)「ウィーン美術史美術館 静物画の秘密展」 国立新美術館 7/2-9/15
★(18)「エミリー・ウングワレー展 アポリジニが生んだ天才画家」 国立新美術館 5/28-7/28
★(19)川村美術館

<8月>
★(20)「フェルメール展」 東京都美術館 8/2-12/14
★(21)「狩野芳崖 悲母観音への軌跡」 東京藝術大学美術館 8/26-9/23 観覧記

<9月>
★(22)「源氏物語の1000年」 横浜美術館
★(23)「五姓田のすべて」 神奈川県立歴史博物館 8/8-9/29 観覧記
★(24)「田村能里子展」 日本橋高島屋 9/17-9/29 観覧記
★(25)「西洋絵画の父ジョッドとその遺産展」 損保ジャパン 9/13-11/9

<10月>
★(26)「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」 西洋美術館 9/30-12/7
★(27)「ボストン美術館 浮世絵名品展」 江戸東京博物館 10/7-11/3
★(28)「ピラネージ版画展2008ー未知なる年の彼方へ」 町田国際版画美術館 10/4-11/24 観覧記
★(29)「大琳派展ー継承と変奏」 東京国立博物館 10/7-11/16
・「フェルメール展」 2回目

<11月>
★(30)「線の巨匠たち アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展」 東京藝大美術館 10/11-11/24
★(31)「輝く書物ー中世写本フェクシミリー展」 東京芸大美術館
★(32)「近代初期風俗画 躍動と快楽」 たばこと塩の博物館 10/25-11/30

<12月>
★(33)「琳派から日本画」 山種美術館
★(34)「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」 国立新美術館 10/4-12/14
★(35)「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」 Bunkamura 11/8-12/23 観覧記
★(36)「丸紅コレクション展ー衣装から絵画へ 美の競演」 損保ジャパン 11/22-12/28
★(37)「いとも美しき西洋版画の世界」 八王子夢美術館 2008/12/5-2009/1/27 観覧記
★(38)特別企画 「追悼展 巨匠・ 関川雄揮のすべて」 成川美術館(芦ノ湖) 2008/12/12-2009/3/12

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2009年1月 1日 (木)

新年ご挨拶

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新年明けましておめでとうございます。

いつも読んで下さっている皆様、そして検索ルーチンなどでいらしてくださる方々、ご訪問をありがとうございます。

そして、コメントを書いてくださる皆様、温かいお言葉、そして勉強になる内容など、いつも感謝しております。

いつもながらゆっくりとしか更新できませんが、これからもフランスとイタリアの教会の充実を図り、また時々の美術鑑賞記録を書き留めて参りたいと思っております。

この一年もまた、よろしくお願いいたします。

そして、皆様の一年も、すばらしい年でありますように。

(上の写真は、昨日撮りました。)

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2008年10月26日 (日)

船は豪華でした。

初めての船旅、終えてきました。船内生活も快適で、バルコニー付きの部屋はとても気持ち良く、また、訪問地もバラエティに富んでいて、義母も大変満足した旅となりました。

Nave_map_2 船旅自体は、右のように7泊8日なのですが、その前後に成田ーローマーヴェネチアの往復が追加され、合計10日間の旅行となりました。
1日目 成田→ローマ→ヴェニス ヴェニス泊
2日目 乗船手続き、ヴェニス各自散歩、出航
3日目 バーリ(Bari観光)
4日目 カタコロン(ギリシャ・オリンピア観光)
5日目 イズミール(トルコ・エフェソス観光)
6日目 イスタンブール(トルコ・イスタンブール観光)
7日目 終日航海
8日目 ドブロブニク(クロアチア・ドブロブニク観光)
9日目 ヴェニス下船後、空港へ。
     ヴェニス→ローマ→成田
10日目 成田到着

Nave_salire_2 これが乗った船。大きいでしょう!下の方に乗船している人が小さく見えます。この写真でも全長の後ろ3分の1しか写っていません。約9万トン、乗客デッキは13層、エレベータも13基。

船内施設は、レセプションやエクスカーションデスク以外に、レストラン5、野外バー2、劇場、カンファレンスルーム、ディスコ、カジノ、ジム・サウナ、プール2、子供用施設、図書室、葉巻室、医務室、アートギャラリー、フォトギャラリーなど。客室1275室。全室バスルーム(シャワー・トイレ)、テレビ、ミニバー、セイフティボックス、ヘアードライヤー、エアコン完備。

Nave_center 船内を歩くと、わーっと歓声をあげるばかり。だって、どこも美しく素敵で、豪華に見えるようにできているんですもの。右は船の中央でして、セプションや船主催のツアーの受付場所があり、3階分の吹き抜けの下には、人工池の上に白いピアノが置かれていて、毎晩ピアノ、ヴァイオリン、ビオラなどの演奏が行われていました。

また人を飽きさせないように、毎晩、劇場やバーなど至る所で様々なエンターテイメントが行われていて、味気ない夜に変化を与えているようでした。

Nave_theatre  Nave_zebra

上の左の写真は、夜の劇場。毎晩、照明の色が変わります。ここでは、パントマイム、手品、ミュージカルなど、言葉が分からなくても楽しめるようになっています。

右の写真は、ゼブラルームに集まった、ツアーへ行く前の人々の様子です。胸に番号の付いた紙をぺったんと張り、”3番の番号の方、4番デッキから出ます。”などという放送が流れると、3番のグループがのそのそと動き出すのです。

Nave_corri とにかく、一度に1500人以上の人が出入りするので、船の中は移動者でいっぱいになりますし、また観光地も船からの人たちでごった返します。これがちょっといやでした・・・。

そうそう、言語は5ヶ国語で、イタリア語、ドイツ語、英語、フランス語、スペイン語の順で放送。イタリアの船ですし、ドイツ人の旅行客が多かったからです。

また、乗務員の人々も世界中から集まっていました。レストランで接客していたたくさんの東洋人はなんとバリ島から働きにきたのだとか。また、私の客室世話係の人は、マダガスカル出身でした。彼はフランス語が母国語。他に、肩幅のしっかりしたスペイン語が母国語の人に尋ねてみましたら、なんとポンジェラス出身とか。

Nave_piscina  Nave_buffe

左は、屋上のプール。朝早くに撮ったので、水着姿の人は写っていませんが、日中は向こうにある2つのプールと共に白人で埋め尽くされていました。この時期ですので暑くもないのに、あの太陽の光を受けたい願望はほんとに強いんですね。日本人には考えられません。

右の写真は、プールと同じ13階にあるビュッフェのデザートコーナー。食事は、朝でも昼でも、コースで取れるレストランもあり、その日の気分で自由に選べます。ただ、夜だけはレストランとその区画が決められていて、変更はできないのです。

船内生活の説明ばかりしましたが、船からの景色もよかったですよ。海だけの時もあり、また、海岸線を楽しむときもあり、普通の陸上だけの旅とは違った景色を楽しめたようです。

Mave_onde

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2008年10月 8日 (水)

初めての船旅へ

Ami_vitre1 初めての”船旅”に出発しますので、しばらくお休みにいたします。(右は、アミアン大聖堂のステンドグラス。画像が無いのも寂しいので・・・)

大きな船のようで、総トン数約9万トン、乗客数2500名、乗組員数1000人ですって。
映画館、劇場、プール、ディスコ、バーなどの他に、カジノもあるようです。

旅行自体は、夜間に移動して、翌朝寄港し、日中はその街を観光。夕方船に戻ってきて、夜間また次の街へ移動というパターン。

昨年、ご主人と一緒にこの種の旅行をした友人は、結構楽しんだらしいのですが、義母のお供の私は同じように楽しめるでしょうか・・・

準備の上で悩んだのは、船内でのフォーマル、インフォーマルなどのドレスコード。友人の結婚式に着たドレスとかその他いくつかを部屋に並べ、どうしようと悩む日々が続きました。

靴もロングドレス用のを引っ張り出してきたのですが、びっくり!ヒールがめちゃめちゃに高いのです。履いてみると、なんとなくとふらつく感じ。当時は、こんな靴も履いていたんですね。当然のことながら、平らな靴を持っていくことにしました。

それにしても今年は、旅行をし過ぎました。家族に迷惑をかけているし、2ヶ国語の学校も休まなければならないし、宿題も溜まるし、美術展も溜まるし・・・。実際、昨年勉強を中断してから気楽な日々に慣れた為、手抜きがひどくて反省しています・・・帰ってきたら、真面目に勉強するよう心がけます・・・。

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