カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の62件の記事

2015年3月 8日 (日)

一足早い春

Kawazu1
Kawazu2

今このブログを書くのも恥ずかしいほど、前回から時間が経ってしまいました。恥を忍んで、写真をアップします。

多くの方と同じように、以前から河津桜を見たいと思っておりましたが、2月下旬、漸くその願いが叶い、素晴らしい天気のもとで、ほぼ満開の桜を楽しんできました。

濃いピンク色が青い空に映え、見事でした・・・しかし、人の多いこと!

下田に宿泊し、翌日はレンタカーで海岸線を楽しむ予定でした。しかし、”みなみの桜”があまりに気持ち良く、散歩に時間をかけたために、予定のコースの踏破はできず、近場を回るだけになりましたが、天気もよく、河津以外は人もまばらで、快適なドライブとなしました。

みなみの桜並木は、景色は河津の桜と同じようなのに、印象は全く異なります。自然の中に身を置き、ゆったりした時間を感じられる、のどかでいつまでもそこに佇んでいたくなる所でした。

それにしても、伊豆の海岸線は力強いですねえ。自然の力、地球の歴史を視覚で堪能した気分です。

以下は、みなみの桜です。菜の花が一面を覆い、春を印象づけます。。

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ここは案内図によると、”桜のトンネル”という場所で、一つ上の写真のような大きな桜の木がずらーと並んでいて、その下を歩けば、トンネルの中を歩いているような感覚にないります。河津も同様ですが、異なるのは、足元!河津はコンクリートで舗装されていますが、ここは土!柔らかい土を感じながら、人もまばらな優しい道をゆっくり歩いていると、いつまでもこの鮮やかなピンク色と優しい土と爽やかな空気の中に居たくなりました。

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2014年8月20日 (水)

La vida es sueño

El médico que yo consultaba desde hace siete años murió de cáncer de páncreas. Tenía 65 años y había luchado durante solo tres meses contra el cáncer. Fue el director del hospital y una persona enérgia y decidida.

Pienso que como era doctor, no creía que enfermaría ni moriría tan pronto y que tenía muchas cosas interesantes que quería hacer.

La muerte nos llega de improviso. El hombre nace aunque no quiere y muere contra su deseo.

¿Es la vida un sueño como dijo Calderón o absurda?
Ahora estoy un poco pesimista.

Lipljan1
         (コソボのリプリアンLipljan教会内部。)

上のスペイン語の文章は、私がお世話になっていた先生が亡くなったことを書いたものです。最後の4行目から3行分だけの訳を書いておきますと、

”死は、突然私たちに訪れる。人間は、望みもしないのに生まれ、そして、本人の願望に反して死んでしまう。人生は、カルデロン(17世紀スペインの偉大な劇作家)が言うように夢なのだろうか?それとも、不条理なのか?”

最近、つくづく感じていることです。

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2011年6月 3日 (金)

キプロスの太陽光パネルと日本の未来

ドイツは、2022年までに原発からの脱却を図り、自然エネルギーを推進するという結論を出しました。今回ドイツの西周辺をドライブをしていて、下の写真のように、山の上や畑の中など至る所で、この風力発電の機器を目にし、確かに、政府としてこの自然エネルギーを推し進めていることはよく解りました。

Vent1

ドイツが、環境問題に非常に高い関心を持っているのは御承知のとおり。だから17基という原子力発電所の数も、経済活動の大きさからして、かなり少ないように思われます。しかし、原発が少ない反面、化石燃料(ロシアからの輸入大)を多く消費しているので、多量の二酸化炭素排出国でもあるのです。つまり、地球温暖化にかなり貢献しているというこの矛盾。ドイツとしては、歯痒い所でしょう。

今回たった1週間のドライブでしたが、2度も原子力発電所に遭遇しました。一回目は、ケルンからアーヘンに向かう高速道路A4の北側で2基(ひょっとしてこれは3基かもしれない)。二回目は、ヴォルムスからローテンブルグへ向かう途中の高速道路A6の北側でぽつんと1基のみに。

Nuc2

見渡す限り広がる緑の平原に、突然ポコンと異質な建物が建ってる光景は、やはり違和感を覚えます。遠くから見えていた施設は、近づくにつれ異様に大きくなり、また煙は不気味さを倍増していきました。

以前ならば、フランスでドライブ中など、原子力発電所が見えてきても、”ああ、あるな”としか考えていなかったのですが、(恥ずかしいけれど、私はそれほど原発の恐ろしさを感じていなかったのです。)、今回は違っていました。その建物がいやに威圧的に感じ、潜在的にコントロール不可能な人工的災害を起こす怖い存在のように見えてしまったのです。経験とは人の感覚に恐ろしく作用するのだと、改めて実感しました。

全く方向を逆にして、日本の見本になるかもしれない国の姿も、最近見てきました。それはキプロス。実は3月下旬、キプロスへ行ってきたのですが、(それについては、またいつか書く事にして)、その旅行中、車窓から見ていて非常に気になったことがあったのです。それは、新築の家という家の上に、必ず”ソーラーパネル”と”給水タンク”があったのです。これがその光景。(バスのガラス越しに撮っているので、少しぼやけているのは勘弁してください。)

Cypre2

給水タンクは理解できます。キプロスは晴天日が多く降雨量が少ないため、水が慢性的に不足しているおり、不足時には、ギリシャからタンカーで水を輸入するのだそうです。しかし、このタンクの置き方場所は、地震の多い日本だとありえないですよね。とはいえ、ソーラーパネルが、各々の家に設置されているのには驚きました。家がわりと小さく、またパネルも大きくないとはいえ、費用はかかるはず。政府のサポートがあるのではと、想像しました。日本もいつか、こうなるのでしょうか?

Cypre1

ところで、このレモン畑、収穫はなんと年中できるのだそうです。摘み取っても、次から次へと実がなり、途切れることがないのだそうです。さらにびっくりすることに、(エネルギーとは関係ないことなのだけれど)、キプロスにある、ユニークなシステムを知りました。それは、もし旅行者の滞在期間に雨が降ると、追加のホテル滞在費用が1週間まで無料になるのです。つまり、飛行機の便変更可能かつ滞在延長可能の場合は、旅行者にとって嘘のように有利な話になるのです。それほど雨は稀、ということですよね。

Hyou

ところが、私たちの滞在時、なんと激しい雨が降り、雹まで降ったのです!看板の上の赤い屋根を見て下さい。窪んだところに、白っぽいものが積もっているでしょう?この時は、音までたてて降っていました。でも3日前までは、真夏のような暑さだったのだそうです。ツアーなので、当然変更は不可能。おとなしく、予定された便で帰ってきました。

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2011年1月24日 (月)

哲学 - 思考回路が違う

語学を勉強している脳の働き方と、数学の問題を解いている時のそれとは、明らかに異なる、と感じている。それは私と同じように、数学科を卒業しフランス語を学んでいる読書会の友人とも、同じ意見だ。

数学は、公理から始まり定理を証明し、その定理を使って様々な証明をしていくというような、全くの抽象概念の世界を築いている。それに比べて、言語を覚えるという行為は、そういう抽象世界など持たなくても、私のようにセンスがない人でも、ただ単に真面目に単語や文法を覚えていけば、ある程度まではどうにかなる。対象が言語と言う現実的な行動だからかもしれない。しかし、研究者が行う文学解析や心情分析となるとまた別で、、異なる努力やセンスが必要になると思うが、それでも数学を解いていくのとは、脳の働いている場所は違っているのではないだろうか。

ところが、まだ入門書2冊と、デカルトの《方法序説》をざーっと読んだ段階にすぎないのだけれど、《哲学》というのは、その二つとは全く異なった脳の回路を働かさなければいけない学問のようだと分かった。デカルトの印象が強かったのかもしれないが、それでも、すべてについて論証を要求される哲学は、言語と数学の抽象概念を組み合わせたような世界で、しかも考える対象が人間を取り巻くすべてということもあり、途方もない抽象概念の世界を築いている。どうも今までとは別の世界を、別の脳の働き方を勉強しなければ、哲学的思考はつかみきれないように思う。

Andre2 哲学とは一体どんなものか知りたくて、今度哲学のクラスを取ることにした。1月からの教材は、Andre Comte-Sponbilleというソルボンヌ大学の哲学教授が書かれた《Presentations de la philosophie》という本だ。日本語にも、《哲学は、こんなふうに》という本に訳されている。この教授は、過去にも何冊も分かりやすい哲学の入門書を書き、一般人へも哲学的思考を進めている有名な人物だそうだ。

序文だけ読んで、これこそまさに私の知りたいことだ!いえ、やりたいことだ!、と安易な喜びに浮かれたのだが、実際読み始めると、入門書であるにもかかわらず、書かれてある理論についていけず、言葉が頭上はるかその上にある雲の上を通り過ぎるような、理解不可能状態の経験を多々してしまった。

とりあえず、私が理解できた序文の一部を紹介しよう。訳は本から。

Philisopher, C'est penser par soi-meme; nul n'y parvient valablement qu'en s'appuyant d'abourd sur la pensee des autres, et specialement des  grands philopophes du passe. La philosophie n'est pas seulement une aventure ; elle est aussi un travail, qui ne va pas sans efforts, sans lectures, sans outils.

”哲学することとはそれは自分で考えることだ。だが、それをうまくやれるようになるには、まず他の人たちの、とりわけ過去の偉大な哲学者の思想に頼らざるをえない。哲学は、場当たりの思いつきにすぎないようなものではなく、様々な努力や読書や道具なしではやっていけない一つの作業でもあるのだ。”

Qu'est-ce que la philosophie? ... La philosophie n'est pas une science, ni meme une connaissance ; ce n'est pas un savoir de plus : c'est une reflexion sur les savoirs disponibles. C'est pourquoi on ne peut apprendre la philosophie, disait Kant : on ne peut qu'apprendre a philosopher.  Comment?  En philosophant soi-meme :

”哲学とは何か? 哲学は科学ではないし、認識でもない。またもうひとつおまけに付け加わってくる知なのではなく、入手可能なもろもろの知についての考察なのである。だからこそ、カントの言ったように、哲学を学ぶことはできないのであり、学ぶことが出来るのは、哲学することだけだということになる。どうやって学ぶのか?自ら哲学することによってである。”

...Personne ne peut philosopher a notre place.....Et certes on peut raisonner sans philosopher (par exemple dans les science), vivire sans philosopher (par exemple dans la betise ou la passion). Mais point, sans philosopher, penser sa vie et vivre sa pensee : puisque c'est la philosophie meme.

”・・・・誰も僕達に代わって哲学をすることなどできはしない。・・・むろん、哲学などしなくとも理性を働かせることはできるし(例えば科学において行われているように)、哲学などしなくとも生きていける(例えば愚鈍のままにあるいは情念のままに生きることはできる)。だが、哲学しなければ、自分がどう生きるかを考えることも、自分の考えた通りに生きることもできない。それこそが哲学なのだから。”

Qu'est-ce que la philosophie? Les reponses sont aussi nombreuses.....Pour ma part, j'ai un faible, depuis mes annees d'etudes, pour la reponse d'Epicure : 《La philosophie est une activite, qui, par des discours et des raisonnements, nous procure la vie heureuse.》... ...Le bonheur est le but ; la philosophie, le chemin. Bon voyage a tous!

”哲学とはなにか。その答えは、哲学者の数と同じくらいある。・・・僕に言わせてもらえれば、学生のころからエピクロスの解答が気に入っていた。《哲学とは、言葉と推論を用いて、我々に幸福な生活を与えてくれる一つの活動である。》・・・幸福が目標だとすれば、哲学とはそこへ至る道である。では、皆さん、どうかよい旅を。”

----- ***** ----- ***** -----

Andre1 序文だけを読むと、哲学とは、過去の偉大な哲学者の考え方を勉強し、様々な本を読み、自分を、そして自分を取り囲む世界について、その真理を追究し、自分で考えを進めていく作業であり努力である。

その際、自分が如何に何も知らないのかを知ることになろう、限界を知りながら、徹底的に自分に問いかけ、歴史や人類について省察し、普遍的な真理を探究し、反省し、探求していくと、それが最後には、よりよく生きる術に行き着く、というわけである。

ふう~ん・・・哲学することが幸福に行きつくか否かはわからないけれど、確かに、社会の価値観に踊らされない、自分だけの価値や真理を持っていると、常に納得した選択ができ、満足できるだろう。

しかし私のような、もともと複雑な事を考えられない人間が、考えられるようになるのだろうか?年齢は関係ないといわれているが、この凝り固まった頭で理論を進めて行けるのだろうか?はなはだ疑問。スポンヴィル先生がおっしゃっているように、訓練すればできるようになるのだろうか?

ところで、本の中では、”真理”という言葉が頻出しているのだが、様々な見慣れない言葉が氾濫している中で、何故だかその意味が分からなくなってしまった。一体、人間が生きて行く上の、そして社会の真理とは、一体何なのだろう?

もう、頭の中は、ごちゃごちゃです。

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2010年12月26日 (日)

哲学? 不確かな目の認識能力

スーパーへ買い物に行こうと、マンションのエレベーターを待っていて、ふとある考えに行きついた。

何日か前、”生きていくうえで、これから何をすべきなのだろう?”と書いたけれど、その答として私が欲しいのは、”人のために尽くすべき”とか、”徳をなすべき”とか、などという高尚な事ではなくて、もっと根本的、基本的な事なのだ、という事を。

そしてそれは遺伝子のように、きっと人間としてあるべき基本的なこととして、潜在的に人間に機能としてプログラムされ、基本的に全員が行使できることなのではないか、と思い立った。だって、自分が持っているもの以上の事はできないんだもの、ね。

では、基本的な機能とは何か?自分をよく見てみると・・・まず、手足がある。これは当然、手足をよく動かして、働きなさい、ということだとはわかる。これは、ほんとに基本的な事。私も経験あるのだが、手足を骨折した場合、1か月ほど固定した後ギブスを取った時、その固定していた個所は、すぐには動かない。筋肉が動きを忘れ固まり、衰えてしまっている。張り合いのある人生を歩むには、身体を動かさなければならないことは明らか。

それから、頭。これはちょっと複雑で、もっと先で考えることにしよう。

次に、目。しっかり周りを見なさい、ということはわかる。しかし実際、これが難しい。私はどうも、観念で見てしまっているのだと、1か月ほど前改めて実感した。

Shiodome それは、スウェーデン人で彫塑家のビアンカと一緒に、汐留を歩いていた時のこと。目の前にはいくつかのビル、その間に歩道橋が手前から向こうに伸びていた。人がいなかったせいか、私は幾何学的に美しいと感じていた。ただそれだけの感覚しか持っていなかった。そう、直線的に上に伸びたビルと歩道橋・・・

ビアンカは、そのビルを見上げて、「なんてきれいなの!ほら、この反射!」と言ったのだ!えっ?反射?なんの事?私はなまじっかに「うん」と返事をしながら、もう一度ビルの方へ目を走らせた。わからない。もう一度、しっかり見た。ああ、これか!やっとわかった。平らなガラスの面を持ったビルの壁面に、空と反対側のビルがはっきりと映っていたのだ。確かに透明感があり、美しい。

右が、その時の写真。(その日は快晴で、空は透き通っていた。この写真は何故だか暗くて、明るさが感じられませんね。残念) 私は同じものを見ていながら、何も見ていなかった。頭の中でビルとはこういうもの、と景色を勝手に構築していたのだ。”見る”という単純な行為なのに、こんなにも把握できないとは!そして、見るという単純な行為に、こんなにも思考が左右するのもだとは、考えてもみなかった。心を空っぽにして、先入観を捨てて見なければ、実際の物が見えないのだ!

何も考えないで、あるがままを、初めてみるようにして見る、という行為。なんと簡単で難しいな作業なのだろう!特に私のような、ほんとは何も知らないのに、なんとなく”知ってるつもり”で行動している人に、こういう現象が多くみられるのではないだろうか。

良いことに気がついたな、と思う。”空(くう)”の大事さは、東洋思想でも言われていることではないか!これは、何か物事を判断するときにも、大事な気がする。先入観を持っていると、それにとらわれてしまうのが普通だ。ひょっとして、西洋哲学と東洋思想は、究極的には、手段は全く異なるけれど、生きる知恵として同様の事を伝えているのかもしれないと、ふと思った。

また、基本的な事を考えて行こう。下は、ビアンカと歩いた11月上旬の浜離宮。

Hanarikyu

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2010年12月15日 (水)

哲学する、ということなのかな?

Koisikawa1          11月28日、小石川後楽園にて

この秋、親しい友人のお母様が亡くなられた。闘病中、痛み止めのためうつろな時間の流れのなかで、時々意識がはっきりし、”あれ?私、何をしているのかしら?”と、おっしゃっていたという。

友人からこの話を聞いて以来、この言葉が、なぜか頭から離れない。人には皆、そうなのかもしれない、と思う。その気はないのに、まだしたいことはいっぱいあるのに、あれ?と本人の自覚もないまま、死んで行くのかもしれない。

私は一体、今まで何をしてきたのだろう、そして、あと平均寿命の半分以下となった残りの人生を、どういうふうに生きて行けばいいのだろう・・・

私のような普通の人の人生なんて、ほんとに些細なもの。この世に何が出来たかと言えば、将来、世界に役立つであろう人間が私の子孫から生まれるかもしれない遺伝子を、後世に伝えられただけである。そう、一番の功績は、子供を産んだことかもしれない、と思う。たった一人だけれど。

遺伝子は、混ざり混ざって、ある時見事な成果を出す。そういう意味において、すべての人に存在価値がある、と友人から聞いたことがある。それに参加できたことだけは、意識していなかったとはいえ、成果の一つと言えるのかもしれない。

でも、それ以外は?

現在、健康的に問題はあるとはいえ、主人の優しい愛や、友人達の支えによって、私の人生すべてが支えられている。ほんとに幸せだと思っている。しかし、こうやって偶然か神様からか分からないけれど、”生きる”という時間を与えられて、私はいったい、遺伝子を残す以外に、何をしなければいけないのだろう?

こうやって、自分の楽しい経験を積み重ねて行くのもいい。人に尽くすボランティア活動をするのも、もちろん素晴らしい。何かに情熱を傾けて活動し続けることは、精神的充実とか、生きがいという言葉にも繋がるはず。

今が充実していないのではない。あまりにも充実しすぎていて、忙しい。忙しすぎて、少々精神的余裕のない時さえある。満足している。しかし、何かをはっきりさせたい。

私はあまり難しいことは考えられないのだけれど、なぜだか、その”理由づけ”が欲しいような気がするのだ。

これも、今少々かじっているフランス文学の影響かもしれない。詩とかエッセイなどで、しばしば”raison”とか”raisonner”、”jusutifier”という言葉が使われる。”理性(判断力、理知、分別)に基づく理由づけ”とか”行動の正当性”という言葉が飛び交うのだ。難しい・・・

生きている意味 raisonを考えてみたい。これを”哲学する”と言うのかな?とても私には、できそうにない。

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2010年10月11日 (月)

私が描いた絵3

フランス語の授業が始まると、どうしてもそれに気が取られ、パソコンに向かう時間が少なくなります。従ってブログの更新も滞ってしまって・・・。

ですので、習っている水彩画を少しアップしてみます。その授業は、全く初心者対象の写実水彩の講義式授業でして、大勢を対象にし、しかも時間も短いので、先生は各個人の作品に一切手を加えませんし、出来上がりも見ていません。ですので、これが完成品とは言えないと分かっているのですが、私としてはどう手を加えていいのか分からず、終えてしまった作品です。

さて今回のは、5月に描いたソラマメと、玉ねぎ。スキャナーでとった画像は、少し白っぽくなるとはいえ、玉ねぎの色は薄すぎました。もっと色を加えるべきですね。手を入れたらいいのは分かるのですが、当時の私の進歩を示す指標にもなるので、そのままにしておきます。それにしても、全くの初心者丸出しですね。でも、本人は一生懸命ですし、その時はこれで満足しました。

透明水彩の魅力は、その透明感と、明るさと、色を重ねると濃くなる面白さ。玉ねぎの影を描くとき、なんだかとても楽しかったです。でも、描きたい色を作るのは、とても難しいです。

Semestre1

Semestre2

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2010年3月26日 (金)

映画「海の沈黙」 le silence de la mer 岩波ホール

Silence 友人が、昔この映画の原作ヴェルコール著「海の沈黙」を読んでとても感動した、と話していた。なんでも、普通の庶民の家に滞在しているドイツ人将校(ドイツ侵略当初はこういう状態だったらしい)に対し、いくら彼がフランスを称賛するような話をしても、一言も声を発しないという抵抗を貫いた市民の話だそうだ。

映像の始まりがちょっとしゃれていた。トレンチコートを着た黒い鞄を持って歩いていた男が、立ち止まっていた男とすれ違った時、鞄をその男の足もとにおいて歩き去る。なんとなく秘密めいている。受け取った男が鞄を開けると、新聞の束や資料の底から小さな本がでてくる。その本の題名が、《Le Silence de la mer(海の沈黙)》だった。

そして、場面は変わり、年配の男が、雪景色の中、家から馬車を送り出す場面から始まる。彼は思い出すように、数ヶ月前からの話をし始めた。

ドイツ人がその家に留まることを知らされてから、伯父と姪の二人は約束をする。「私達二人以外は誰もいないような、今までと変わらぬ生活をしよう!」と。

Silence1_2 訪れたドイツ将校は、温厚で知識豊かな立派な若い青年だった。毎晩二人が食後の穏やかなひと時を過ごしている居間に訪れては、自分のフランスへの愛着、フランス文化への尊敬にも近い気持ちを打ち明ける。しかし、それに対して、老人は無表情でパイプを吸ったまま、そして若い姪は無心で編み物をし続けている。無言の抵抗をする2人。

落ち着いた素直な彼の話に、外見上は冷たくつくろっている二人も、内面では申し訳なく思っている。

そういう二人を前にして、ドイツ将校は言う。「祖国を愛する人々には、非常な尊敬を感じます」。そして毎晩、同じ言葉で終わり、部屋へ戻っていく。”Je vous souhaite une bonne soiree.”(おやすみなさい)

ドイツは侵略当初は、こういう緩和政策を行っていたらしい。それに対して、フランスは沈黙で対抗。この本の翻訳者である加藤周一の解説によると、「群衆の中での沈黙、家庭の中での沈黙。真昼間ドイツの衛兵がシャンゼリゼを往来するが故の沈黙、ドイツの士官が隣の部屋に宿泊するが故の沈黙・・・」、サルトルはその時代を「沈黙の共和国」と名付けたそうだ。

この将校が、休暇を取り、パリへ出かけた時の映像も興味深かった。戦後間もない時期のシャンゼリゼ通り、エッフェル塔、アンバリッド、マドレーヌ寺院・・・そしてリヴォリ通り沿いのアーケード、私もここを歩くのは好きだったけれど、映像ではなんとここに「市民の通行禁止」と書かれていた。戦時中は、ドイツ人しかこの通りを歩けなかったのね。

彼はここで、同僚たちの激しいフランス攻撃計画を知り、またユダヤ人の大量殺害方法が開発されたという話も聞き、ショックを受ける。そして彼の希望する”フランスとドイツの結婚”は理想主義だと非難され、絶望して戻ってくる。

彼は、最前線を希望した。この家を去る前日、彼はいつものように階段を下りてくる。しかし、ドアをノックしたままで、自分でドアを開けては入ってこない。とうとう業を煮やして、老人が「入りなさい!」と声をかける。

そして、パリでの話、前線に向かう話をし、「ここでの事は、忘れてください。私は地獄へ行きます。さよなら」と言う。この時彼は、「Adieu!」という言葉を使った。これは、二度と会わない相手に対して言う言葉。沈黙が流れる。青年将校は、若い姪を見つめる。しばらくして、ようやく姪が声を発した、「Adieu」・・・

翌朝、将校は名残惜しそうに部屋を歩いていると、ドアをコンコンとたたく音がする。一瞬、将校も私もドアの向こうには、姪が立っているのかと想像した・・・・が、そこにはにこやかなドイツ兵が立っていて、さっと敬礼し、「お迎えに参りました!」(心憎い場面を作りますね!小説にはない)

将校が玄関を出て行く時、近くにあった本を見つけ手に取る。挟んであった紙切れには「罪深い命令に従わぬ勇気は素晴らしい」というアナトール・フランスの言葉が書かれていた。離れたところに老人が立っていた。(この場面も小説にはない)。しかし将校は、そのまま馬車に乗り込み、去って行く。

静かな映画だった(近くでいびきが聞こえていた)。1947年という戦後の厳しい環境の中で、ヴェルコールを家を用いて27日間という短期間で、低予算で撮影を行ったという。でも、彼らの内面の葛藤は上手に表現されていて、実に格調高い作品に仕上がっていると感心した。

ヴェルコールという人物は、元はジャン・ブリュレルという画家だったのだそうだ。ところがある文筆家とで出会い、1941年突然作家に変身し、抵抗の文学である「海の沈黙を」1942年に刊行した。爆発的に売れたらしい。

簡素な文体で、どれと言って新しい技巧はないのだけれど、時代背景からみて絶望的な状況のフランス国民の誇り高い自負心をそそり、自信を取り戻すきっかけになった事はたやすく想像できる。こういう質の高い作品を見た後は、とても気持ちいいですね。

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2010年1月30日 (土)

2010年のご挨拶

Chur_kathedrale1 時々継続的に見てくださっている皆様、ほんとうに根気良く付き合ってくださりありがとうございます。昨年は、あまり更新せずにすみませんでした。何度開けても、同じ画面というのは、面白くなかったと思います・・・・

私の昨年は、検定試験に明け暮れました。イタリア語3級(3月)、フランス語2級(6月と7月)、フランス語準1級(11月と1月)・・・先週の日曜日、漸く準1級2次試験が終わり、これでやっとほぼ1年続いた緊張から解放された感じです。

このブログの本来の目的である教会の記事が、ほとんど更新できなかったのは残念ですが、もう一つの趣味フランス語に対して、年齢的能力的にもう無理だと思っていた進歩が、まだできるんだと自覚できたことは、私にとってほんとに大きな収穫でした。

本年は試験などは受けず、フランス語のレベルアップに励むのと当時に、また教会に関しても、もう少し本を読んで知識を深めようとも思っております。

今まで溜めた数々の写真もアップしたいとは思っているのですが、また今の私はどうしてもフランス語の方を優先してしまうので、きっと相変わらずゆっくりモードで進んでいくと思われます。

また、父の健康問題も生じていまして、今年も多くの更新は望めませんが、ぼちぼちと書き進めていこうと思っております。挨拶が遅くなりましたが、本年も宜しくお願いいたします。

Cojico

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2009年12月27日 (日)

外国人の友人から見た日本

  Sugimotodera1

9月上旬から3ヶ月間の予定で、スウェーデン人彫刻家の友人ビアンカが日本に滞在していた。パリでの学校Institut Catholique de Parisに通っていた時、同じクラスでがんばった仲間だ。パリでは、一緒に展覧会へ行ったり、ヴォール・ヴィコント城やフォンテーヌ・ブロー城などへの小旅行も共にした。

上の写真は、9月下旬、鎌倉へ一緒に行ったとき撮ったもの。彼女の”苔を見たい”という希望で、杉本寺を訪問。この苔にはびっくり。

彼女はもともと日本文化に興味を持っていて、5年前にも来日し、当時は一人で大きなトランクを抱え、京都、奈良、広島、確か長崎までも足を伸ばしたりして、3週間程日本に滞在していた。

今回は、その後結婚したカンボジア人の旦那さんと二人で来日。さらに10月上旬には、彼女のお父様とお兄様も合流し、家族で京都、奈良、そして島根県の足立美術館まで足を運んだ。高齢のお父様は、長距離旅行のためかなりの疲労があったそうだが、最後は”京都はすばらしい!”と何度も口にして帰っていったという。はやり京都は日本の文化というだけでなく、世界の遺産だとつくづく思った。

さて、カンボジア人の旦那さんは、日本の日常全てに感激したようだった。食事に出てくる小さな箸置にまで行き届いた工夫に驚き、また浅草では、簡素だけれで見事に作り上げる小さなお菓子製造機械を前に長時間立ち尽くし眺め、東京のあまりにもダイナミックに動いている交通システムの一方で、小さいところでも規則正しく動いている社会を目の前にして驚きの連続だったようだった。「日本はすばらしい!、天国だ!」とも言ってくれた。確かに日常は全てスムーズに動いている日本。こんなにすべてが、何でもが問題なく動いていることは、まったく驚異としか思えない。同じ東洋人として、彼はかなりのショックを受けたらしい。1ヵ月半ほど滞在した後、母国へ一時帰国した。

これは、彼が気に入った鎌倉、報国寺の竹林。

  Houkokuji1

ビアンカの話によると、プノンペンに戻った彼はかなりの情緒不安定になったという。久しぶりにカンボジアの悲惨な状況を目の当たりにしたからだそうだ。東京に1ヶ月以上居た後だけに、なおさらだっただろう。「スウェーデンに戻れないかもしれない」とも不安をもらしていたという。タイとの関係が悪くなっているので、バンコク経由が難しいかも知れないというのがその理由。帰国後の連絡がまだ無いので、その後の事はわからないけれど、また、二人でスウェーデンで幸せに暮らして欲しいと願ってやまない。

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