カテゴリー「スペイン&スペイン語」の4件の記事

2017年6月16日 (金)

レイレ修道院 Monasterio de Leyreのクリプト

スペインのロマネスク教会には、以前から興味を持っていた。そして、教会めぐりの好きな友人が、カミーノ・デ・サンティアゴを何回かに分けて歩いた話をする度、行けたらいいなとは思っていた。しかし、私に絶対に行こう!と決心させてくれたのは、単行本「スペインのロマネスク教会」(文:櫻井義夫、写真:堀内広治、鹿島出版会)の中のレイレ修道院のクリプトの白黒写真だった。”な、なに?これは!”なんという素朴な力強さ!!もう一目で魅了された。

その後、スペイン語を始め(フランス語に似ているので、理解は早かった)、どうにか使えるようになった2013年の夏、ようやく実行に及んだ。前日はサン・ミリャン・デ・ラ・コゴリャ(ブルゴスより少し東に位置する)にあるユソ修道院に宿泊していた(スソ修道院(世界遺産)と一緒にいつか書こうと思っているが・・・)。そこからこのレイレ修道院までのルート上に、ロマネスク好きにとっては見なければならないEstellaとかPuente la Reinaaaa、Snta Maria de Eunateがあったのだが、なんとすべてをパスしてしまった。私が予定を組み過ぎた為と、スペインの場合、午後長時間閉じてしまうので、それを避けるために他へ立ち寄る時間がなかったのだ。

パンプローナからのA21号線上にようやく、「Monasterio de Leyre」の看板が出てきた。これから山に登って行く。日本のように木々が多くあるわけではないので、なんとなく荒涼とした印象しか今は残っていない。あまりにも周りに”聖なる土地のような雰囲気”がないので、主人が思わず「ほんとにこの先にあるの?」とこぼしてしまったのも理解できる。実は、私も同じような気持ちだった。

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やっと到着。駐車場からの山の景色。岩なのか、はげ山なのか、とにかく美しい山とはとても思えない。ただ、凄く迫ってくる感じはあった。
今までの経験からだけれど、このように有名だけど人里離れた修道院などへ行く場合、途中、車も見ず、誰にも会わず、まるで私たちの車だけがそこへ向かっているように思えたにも関わらず、到着すると意外と多くの車が駐車されているのに驚かされることがある。はやり、価値ある教会は、訪問客も多いんだと納得する。

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もう私は飛び出した。やっと、やっとあのクリプトが見られる!はやる気持ちを抑えて、でも先に歩き出して入り口を探す。

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写真右の木の下方、黒い部分が入り口。その右周辺には、宿泊したと思われる若者たちが、のんびりと椅子に座っていた。後で知ったのだが、この三つ葉状の後陣と塔、そしてクリプトだけが、ロマネスクで、後はゴシックだった。クリプトは、この後陣の下方である。

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下の写真の右奥がチケット売り場。チケットを購入して驚く。なんと、日本語のパンフレットが渡されたのだ。パンフレットが置かれているほど日本人が多くここを訪れているなんて・・・思いもしなかった。

この左手前にある少し下がったところの3重の半円アーチがクリプトの入り口。パンフレットによると、この入り口が、この修道院で一番古い場所なのだそうだ。

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面白いことに、受付の人は、パンフレットだけでなく、私たちに鍵を渡して言った、”これは、教会入り口の鍵です。まずは、いったん外に出て、建物をぐるっと回ると教会の入り口があるので、この鍵を使って入ってください。そして入ったら、中から鍵をかけてください。いいですね。そして、教会内部の見学が終わったら、また鍵をかけてからこちらに戻ってきてください。クリプトはそれからです”。面白い!まあ、勝手に見に行ってください、でも、チケット代を払っていない人は、入れませんよということですね。

教会については別の機会に書くとして、今回は、クリプトの写真だけをアップします。

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低いアーチ、ずっしりとした落ち着いた空間、う~ん、やはり、凄い!今こうやって改めて見ても、その不思議な魅力に感心せざるを得ない。凄い!素晴らしい!ほんとにほれぼれしてしまう。

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途中から、教会に居た集団が入ってきた。なんだか落ち着かない。静かなままで見ていたかった。それにしても、この大きさも形も異なる柱頭群!。組み方も全く異なる・・・。教会内部も同じなのだが、アーチの大きさも異なるのだ。これだけ規則性はないのに、しっかり上部の教会の重さを受け止めている。

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極めつけは、これ!高さ調節とはいえ、こんな組み方をするとは!中世時代の修復時にこうなったのだろうか?初期ロマネスクといわれるこのクリプト、ほんとうに未知と魅力にあふれている。
もう、私は満足感でいっぱいだった。他には何も考えられなかった。

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2017年6月 7日 (水)

ガリシアGaliciaの海岸と遺跡Castro de Barona

昨年でのガリシア訪問では、サンティアゴ・コンポステラから西へ向かい、大西洋の美しい海岸線をドライブした。ムロスMurosという町から南へバヨナBaionaまでの入り組んだ海岸は、リアス・バハスRias Bajasと呼ばれ、良港だけでなく、美しい海と素晴らしい景観から避暑地も多い。ミシュランでは2つ星の観光地だ。

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ところで、ガリシアの海岸線には、ローマ時代の遺跡が点在している。紀元前1Cから紀元後1Cの間に住んだといわれるケルト人の住居跡で、直径5メートルから10メートルぐらいのサークルストーンが集まっている。見たかったのは、最大であるCastro de Santa Tregaという遺跡だが、ポルトガル国境近くなので、残念ながら、そこに行く時間はなかった。幸運にも、ドライブ途中にCastro de Baronaという遺跡があったので、寄ってみた。ちなみに、Castroというのは、スペイン語で”ローマ時代の砦(のある丘)”の意。

遺跡というと、その維持費の為に料金を支払うのだと思って、きょろきょろと入口らしき所を探した。建物があったのでそこで支払いをするのかと行ってみたが、そこは喫茶店でおまけに休みだった。要するに、そのような事務的なものは何もなく、ただ簡単な矢印があるだけだったのだ。その矢印に従って、森の中の細い舗装されていない道を海の方へ下って行く。

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遠くに全体像が見えてきた。この辺りは大きな岩が多い。小さく何人かの男女が見えたが、砂浜で群がっているところを考えると、どうも遺跡目当てではなさそう。もっと近づいてわかったのだが、彼らは水着姿の人とヌーディスト達だった。その傍を2人の男性が遺跡の方からこちらに向かってきているのだが、彼らは、ヌーディスト達と目を合わさないよう、下を向いて歩いていた。(関係ない話ね)

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円形の石組みがはっきりと見えてきた。江の島のように、海岸の先に突き出た場所に集落が作られている。(いつの間にか、ヌードだった女性が服を着ていた・・・)それにしても、このような地形での生活は、厳しかったであろう。嵐のときなどは、どうしていたのだろう。

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塀があるなんて、思ってもいなかった。3重にもなっている。意外に高さがあり、私の背より高いところもあった。住居のサークルの石の高さは、60センチから1メートルぐらい。きっとその上に、円錐状に木材とか枝とかで組んだ空間を作っていたのかなと想像してみる。

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wikiを読むと、食物は魚介類、羊やヤギも飼っていたらしい。金属加工品や煉瓦、布地なども現地で発見されているのだそうだ。ケルト人というと、フランスのブルターニュ地方にも住んでいた。複雑に入り組んだ紐状の模様とか、透明感ある音楽とかが連想されるが、実際、詳細は何も知らない。

でも遺跡というのが過去の人間の生活の証だと思うと、保存の義務を感じるし、遠くの私たちでもその維持を願う。2012年からリノベーションが始まったらしいが、なんだかほったらかしにされているようなこの遺跡を見て、”スペインの方々、どうぞ、守ってください”と願わずにはいられなかった。

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2017年5月30日 (火)

国境の町 トゥイ(Tui)

相変わらず、修道院や教会を回ってます。資料ばかり溜まり、全く処理できない状態です。昨年(2016年)5月の連休は、ポルトガル北部とスペインのガリシア地方を車で回ってきました。その中の一つの小さな町なのですが、とても気に入ったので、その写真をアップします。

トゥイ(Tui)という、ポルトガルとミーニョ川を挟んで対岸にあるスペイン側の町。町の道は細く、複雑に入り組んでいてる上に途中に階段があったりして、車での走行が心配になるほど。ミシュランのグリーンガイドでは、1つ星がついているのですが、観光客はほとんど見かけず、住民にも会わない。ただとにかく、中世の小道がうねうねと曲がりくねっているだけ。

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その大聖堂は堂々と、要塞のように立っていました。国境なのでその役目もあったようです。

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1232年のロマネスクとゴシックの混合です。タンパンは上から、「天のエルサレム王国の塔」「東方の三博士と羊飼いの礼拝」。下方の色が異なる部分は、15世紀に付け加えられたようです。

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教会内部は、柱の傾き補強の梁が縦横に増強(15世紀~18世紀)されています。

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太陽の光を浴び、内庭回廊の植物たちは輝いていました。

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この誰もいない回廊の隅っこ、少し階段を下りたところに小さな入り口を見つけ、そこを出たところ、小さな裏庭に出、そこから石壁を出ると、なんと目の前に下のような光景が広がっていたのです。

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ミーニョ川の向こうは、ポルトガル。水面も緑も光っていて、静かで、もううっとりでした。しばらくそこで景色を楽しんだ後、回廊に戻って進んでいくと、次の隅っこにまた、少し下がった暗い個所を見つけました。よーく見ると手書きで”TORRE”と書いています。そう塔に行けるのです。バンザーイ!と喜んで、狭く暗い階段を上る主人と私。

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上に上がると、そこは、ちょうど回廊の上が巡回できるようになっていたのです。
そのからの赤い屋根と木々たちの緑、川の青などのコントラストは、ほんとに美しいものでした。

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2014年7月23日 (水)

トルメスのラサリージョ Lazarillo de Tormes

日本語英語共に嫌いな理数系人間だったにも関わらず、フランス語をきっかけに言語の面白さを知り、過去にラテン語、イタリア語を習いましたが、残念ながら2度の手術入院によりそれらを中断してからは、フランス語以外は習っていませんでした。

ところが、辺鄙な場所にあるスペインのロマネスク教会や修道院をレンタカーで回るために(すでに2度行きましたが、後3回ほど行きたい)、昨年から本格的にスペイン語を始めてしまいました。今まで言語学習のために、どれだけ費用をかけてきたのかと思うと気も重いのですが、まあ、人生も1度しかないと思うと、したいことをするのも良し!というところでしょうか。最近スペイン語の文章形態にも慣れてきて、すぐにでも新聞も読みたいと思うのですが、やはり単語不足、経験不足、勉強不足!フランス語のようにはいきません。現在、B1レベルに入ったばかりなので、仕方ありません。

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     (ペーニャ修道院、この有名な柱頭を見るために車を走らせました。)

この奇妙なタイトル「トルメスのラサリージョ Lazarillo de Tormes」は、初めてスペイン語で最後まで読んだ、私にとって記念すべき本の題名なのです。16世紀という時代に無名の作家によって書かれた貴重な本でして、先生であるPedroお勧めであり、また、スペインの小学校では必ずみんなが読むことになる大事な本なのだそうです。

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主人公の男の子の名前はラサロ、トルメスという名の川の傍で生まれたので、”トルメスのラサロ”となるところですが、まだ小さい子供なので、小接尾語であるーilloをつけて、”トルメスのラサリージョ”という題名になっています。

内容は、貧しい家庭に生まれた男の子が、小さいころから親から離れて様々なご主人に仕え、生き延びるために辛苦をなめるような経験し、さらに見たくもない大人の悪を見せられ、厳しい生活の中で生きる道を見つけていくという話です。

ここまで書くと、まるで日本版「おしん」のように聞こえますが、内容は全く異なります。日本のおしんは、清く正しく生きていくのですが、スペインのラサロは、仕えたほとんどの主人が当然のことのように行う”うそをつく、人をだます”などの行動パターンをまね、それを武器として、悪知恵働かせて生き延びていくのです。そうしなければ、厳しい中世という時代の中、食べ物も得られず、死んでしまうからなのです。

Pedro曰く、現在のスペインでも”生活が苦しくて、生き延びるための嘘や騙す行為は容認される”という認識が、広く一般に常識として考えられているのだそうです。

私は、こういう話を聞けることが楽しくて仕方ありません。スペイン人の考え方のほんの一部分にしかすぎないけれど、日本人としては思いつかない外国人の考えを知ることができるのは、外国語を習っているからこそ得られる楽しみだと思っています。これからも、もっともっと多面にわたっていろいろなことを知りたいと思う。しかしその前に、私がもっと勉強し、スペイン作家の本を読んだり、しっかり話せるようになるなどして、その国の文化にもっと歩み寄らなければ、あまり見聞きできないような情報は得られないのでしょう。いつまで続くかな?このスペイン語の勉強、興味はあるのですが、少々不安でもあります。

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