カテゴリー「ドイツ Allemagne」の4件の記事

2012年10月18日 (木)

ケルンのロマネスク カピトール丘の聖母マリア教会(St. Maria im Kapitol)

朝早く着いたカピトール丘の聖母マリア教会は、礼拝か何かの葬儀のために入れませんでした。時間がないので終わるまで待つことはできず、内部を少し覗き込んだ以外は、回廊を回っただけで終わりました。旅は諦めも肝心。よくあることです、門の目の前にいながら、入れないことは。

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ミシュランによりますと、この教会は、ローマ時代カピトール丘寺院(西暦50年頃)の土台の上に建てられた後期オットー朝時代の建築(1065年)で、その3つの半円形後陣のある内陣Dreikonchenchor(三つ葉形内陣Kleeblattchor)は、ケルン最古だそうです。さらに、内陣のほぼ全域にわたって地下聖堂が掘られており、これは、シュパイアーのドームの地下聖堂に続いて、ドイツ最大のものだとか。う~ん、つくづく残念。

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かわいいとても気持ちの良い回廊でした。この手前の通路を行き、その先の階段を登ると、教会に入れます。後方からこっそり撮った写真です。

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フランス語で書かれた小さな紙によりますと、690年頃、中ピピン(ピピン2世)の宮宰の妻が、ローマ時代の寺院の跡地にマリアに捧げられる教会の建設を命じ、作られたのだそうですが、それは、ローマ時代の神に対してキリスト教の神が勝利したことを意味するのだとか。

Kapitol14さらに300年後、イーダという女性の大修道院長が、当時のオットー朝の皇帝の家庭に出入りするようになり、そこでこの地にベネディクト派の素晴らしい修道院の建設を願い出ました。彼女は、建物の大きさだけでなく、価値をも高めようと、皇帝のお城の礼拝堂を思い出させるような礼拝堂を教会内に作り、さらに、平面図をベツレヘムの聖誕教会に似せて作らせたのだそうです。左は、1665年の絵。

ところで、三つ葉形の内陣というのは、ケルン独特のものらしいのですが、内からも外からも見ていないので、そのようなのか実感がわきません。おまけにこの教会は、アパートの建物に囲まれているので、どのように動けば、アプシス側から見られるのかわかりませんでした。もし見られるとすれば、このようなものだそうです。

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とてもきれいですねえ。見たかったなあ。でもここも、回廊に展示されていた写真を見ますと、完全に破壊されていました。跡形もなくといった感じです。よくここまで再現したものですね。ケルンのロマネスクの本から、平面図と側面図をアップしておきます。さらに、私のとった回廊と柱頭の写真を。
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訪れた日はフランクフルト到着後3日目の朝でした。予定では、その日はケルン大聖堂近くにあるヴァルラフ=リヒャルツ博物館(Wallraf-Richartz-Museum)を見た後、アーヘンへ行き、時間があればコルネーリミュンスターとブリュールのアウグストゥスブルグ城館を見、マリア・ラーハ近くに予約したホテルに着くはずでした。今考えれば、とても無理な話。

前日のゲーレオン教会の美しさに魅せられた私は、予定を変更。まず地下鉄で他の2つのケルンのロマネスク教会を見た後、また大聖堂近くに戻り(車を置いているホテルが近かったので)、とても外せない中世ケルンの板絵の膨大なコレクションを持つヴァルラフ=リヒャルツ博物館を見学し、そしてアーヘンへ行くことに決定、それ以外はすべてを諦めることにしたのです。私が計画する旅行は、いつも内容が盛り沢山すぎるのがよくないところです。


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2012年10月13日 (土)

ケルンのロマネスク 聖ゲーレオン教会(St.Gereon)

長くお休みをしてしまいました。さぼっている間にも、旅行にだけはさぼらずせっせと実行していたのですが、書く方が追いつきません。

さてこのケルンのロマネスクは、昨年(2011年)5月の連休中、レンタカーでフランクフルト中心に、北はケルン(12年ぶり2回目)、アーヘン(初)、マリア・ラーハ(初)、エーベルバッハ(初)、南はシュパイアー(10年ぶり2回目)、東はローテンブルグ(11年ぶり2回目)、ヴェルツブルグ(10年ぶり2回目)までを、気持ちよく走り続けた旅の写真とともに書いています。日程は、こちら

この聖ゲーレオン教会(St. Gereon)、以前にも書きましたが、西側の外観は特に注目をひくものではありませんでした(上部のロンバルディア帯は美しいですね)が、内部は、特にこの十角形の空間は、今まで見たこともない形、色で覆われていて、そのあまりの美しさに忘れられないものとなりました。

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入り口は、正面左側小さなところですが、その周りを囲っている彫刻は、その角が取れている様子から、オリジナルだというのがわかります。

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上部は、大天使ガブリエルによる受胎告知のように見えます。左の彫像は、足元に立派な鳥(鷲?)がいるので、福音書記者聖ヨハネかも。右の彫像は、羊のように見える・・・ライオンだと聖マルコなのだけれど、とてもそうは見えない。うーん、誰だろう?

ローマ時代の墓地跡に4世紀、ケルンの守護聖人ゲーレオン(黄金伝説には無掲載)とキリスト教迫害の犠牲者のために、聖ゲーレオン墓地教会(Grabkirche fur den hl.Gereon)が建立されたのだそうです。12世紀に、八つの壁龕を持つ古典末期の長方形建物が、内陣、塔、地下聖堂(モザイクの床、11世紀)の周りに増築。13世紀初頭(1227年)には、壮大な十角形建築の洗礼堂が増築されたのだそうです。

ナルテックスにあったオリジナルらしい彫刻。

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洗礼堂内部に入った時の驚きは、今でも忘れられません。フランスでよく見るステンドグラスの色とは違うのです。ピンク色とか黄色、緑などの様々な色があふれ、さらに、ツートンカラーの石の組み合わせが美しいのです!ステンドグラスの絵は、よく見るとかなりモダンなのですが、高いところにあるので、それを感じさせません。

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天井は、このように見えます。

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内陣は、左右の階段には登れないようになっていたため、下から撮るしかできませんでした。ミシュランによりますと、このタペスリーは、フランス・リムーザン地方のオービュッソン織りのタピスリーなのだそうですが、すみません、私には、織り方も価値もわかりません・・・。

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ここで、平面図をアップしておきましょう。(ドイツ語の本なので、説明もあるのですが、残念なことに読めない!)

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地下へは、確かに左に入り口が見えたのですが、戸が閉まっており、しかも聖職者らしい方が近くにいらして、なんとなく近寄れなかったのです。そのクリプトには、床はモザイクで、奥に石棺があったらしいのですが。

右側にある礼拝堂(Tauf-kapelle)には、13世紀の壁画が下のように薄く残っていました。中央の絵は、Thebaischen という地方の2人の殉教者、とのことです(ドイツ語で書かれているので、アヤフヤ)。

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この部屋の上部の白い壁を見て、再建されたのだはっきりわかります。購入した小冊子に、以下のような第2次大戦直後の写真が掲載されていました。ほんとに悲しい姿ですね。

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破壊される以前の写真も載っていたのですが、現在のとほぼ同じです。ただし、周りの付属建築物は完全に土台だけになっていました。次のは、アプシス側(東側)からの写真。こちら側から見ると、堂々とした美しい教会です。

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最後に、西側正面からの写真をアップして、終わりにします。

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2011年6月22日 (水)

ケルンのロマネスク 聖ウルズラ教会 St. Ursula

Ursu3old ケルン市内に12ものロマネスク教会があるのを知ったのは、今回(2011年5月連休)の旅行の行程を決め、ホテルもすべて予約した後でした。ほんとに、知らなかった・・・こんな素敵な教会があったとは・・・

ケルンへは以前、パリからタリスに乗って行ったことがあるので、1泊で十分と思ったのだけれど、全くの誤りでした、もう1泊したかったなあ・・・。今更言っても始まらない。そのうちの4つだけでも訪問できて良かった事にしよう!

さてまずは、大聖堂に一番近い、聖ウルズラ教会(St. Ursula)。大聖堂から徒歩20分ぐらい北西に位置する教会で、大通りを渡るとすぐに見えてきます。右上の画像は、16世紀の聖ウルズラ教会周辺。教会の右側に見える城壁には、現在、鉄道が通っています。右下の方向にケルン中央駅があります。次の写真は、南東からのもの。

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次のは、西正面。午後4時頃という、西側を撮るにはベストの時間に撮りました。フランスではあまり見かけない教会の外観に、胸ワクワクでした。それにしても、5月上旬の空は綺麗ですね。

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ここは、聖ウルズラに捧げられた教会。5世紀、英国の王女であったウルズラは、10人(伝説では1万1千人)の処女と共にフン族によって殺されたのだそうです。だからなのか、至る所に若く美しい女性の胸像が設置されていました。それにしても、聖ウルズラって、誰なんでしょう?

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初めて聞く名前だったので、”黄金伝説”を探してみましたら、ありました!”聖ウルスラ”という、濁音なしの名前が通例になっているようです。平凡社ライブラリーの黄金伝説を4冊とも買っていて、よかったー!と久しぶりに思えた一瞬でした。さらに分かったことは、なんとあのヴェネチア派のカルパッチョが、聖ウルスラ伝説をシリーズで描いていたのです。次回、ブリタニアの王女聖ウルスラが、どうしてケルンで1万1千人の乙女と殉教することになったのか、そのお話とカルパッチョの画像をアップしますね。

さてこれが、その美しい聖女ウルスラです。

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Ursula1 ロマネスクとはいえ、壁などがあまりにも白いので、今までの画像を見てがっかりされた方もいらっしゃるでしょう・・・仕方ないのです。第2次世界大戦で、ケルンの教会はほとんどが壊滅状態になったのですから・・・。元の姿を蘇らせようと、戦後数年後から大規模修復を開始したのです。しかし、その外観は、以前の姿と同じように見えるよう、考慮されているのです。

歴史的には、現在ゴシック様式の内陣に置かれていた5世紀のローマ時代の墓碑(現在、ローマ・ゲルマン博物館が所蔵)から、この場所は、かつてローマ時代の殉教者の墓地であったことが分かったそうです。866年、フランク族の大司教Guntherが新しい教会を建てたもの、881〜2年のノルマンの侵入、さらには、マジャール人の侵入によって破壊されるのです。922年、大司教Hermann de Bliesgauは、後陣と聖遺物箱を加えて、再建へ。

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この上の写真は、入り口側を撮ったもの。ドイツの教会に特徴的なのは、このように教会入口上部が必ず2階建てになっていること。ここは、皇帝のような権力者が参列する場だったそうです。現在はよく、パイプオルガンが置かれていますね。それにしても、丸いアーチが美しいです。

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Ursuplan 3つの側廊を持つという新しいバジリカ様式が建設されるようになり、12世紀中ごろ、一番右側がつまり南に側廊が増築され、右のような平面になりました。その後南側の側廊だけ、15世紀中頃ゴシックに変えられたそうです。右側の壁は、このようになっていました。

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さて、問題の《金の小部屋 Goldene Kammer》は、入り口右側にありました。1643年に設けられたこの部屋は、その4面の壁に、14世紀から17世紀の聖遺物胸像が120体もあるのだそうです。実は、これが一番見たかったものでしたが、足を踏み入れた途端、ちょっと後退りしてしまう程の部屋の狭さと骨の多さでして、あまり気持ち良いものではありませんでした。

丁度、年配の管理人の方が、3人のドイツ人に一生懸命に説明していたところでして、タイミングが悪かったみたいでした。英語で尋ねたのですが、相手は英語があまり分からなかったようで、こちらもドイツ語が分からないので、仕方ないですね。でも、しっかり彼から小冊子を購入しました。

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おわかりでしょうか?上部の模様も、全て人骨!。4面ともこのようなので、もう圧巻!どこに身を置いていいのかも分からなかったです!ローマに骸骨寺というのがありまして、そこではシャンデリアに人骨が使われていたので、ギョッとしたことがありましたが、ここでは全くそれ以上です。ヨーロッパ人の感覚が全然わかりません・・・

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このように美しい胸像の中にも、ちゃんと頭蓋骨が入っていました。実は私達、こういう骨ばかりの教会を、ポルトガルでも見たことがあります。記憶は薄れているのですが、その教会は、ここよりもう~んと広くて、現在でも一般の人々の骨を集めていて、確か教会入り口に、”貴方の骨をお迎えします”、というようなことを書いていたように思うのですが・・・また、ポルトガルの事を書くときに、整理したいと思います。(何時の事になるやら・・・)

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2011年5月15日 (日)

久しぶりのドイツ旅行

この連休は、主人と二人でレンタカーで、ドイツの西方あたりをぐるっと回ってきた。ドイツは10年ぶり8回目の訪問。初めての街や教会も、2度目の場所も、共に新鮮な気持ちで楽しめた。充実していたけれど、相変わらず忙しい旅だった。私が計画すると、いつも盛り沢山になってしまう。

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 (アルンスブルグ修道院跡、周りはホテルになっていた。フランクフルト北60キロ程)

ところで、私達が接したドイツ人の方々は、本当に親切だった。なんと気持ちの良い人々なのだろう。主人曰く、「教育が良いから」。さらに、現在ドイツは非常に景気が良いので、どこへ行ってもみんな明るく、豊かな感じがした。

海外個人旅行だと、何かしら不都合なことが発生するものなのだけれど、すべてが日本にいるときのように、スムーズに運んだ。これも堅実なドイツだからだろう。

旅行の詳細を書くのはかなり先になると思うので、概要だけ書いておくことにする。

5月1日(日)JAL407便 12:15成田発 16:45フランクフルト着。17:25AVISでレンタカーを借りる。A5を北に走り、Butzbachという小さな街に泊まる。夜は8時半頃まで明るいので、町の散歩。

この街に泊まった理由は、近くでローマ帝国の国境を見ることができるから。世界遺産に指定されたこの国境跡は、かなり長い距離にわたって延びている。ネットでいろいろ調べた結果、この辺りで見られることが分かった為泊まることに。

このように、再現された見張り塔があり、横に説明が書かれていた。国境は、少し土地が盛り上がったようになっており、その上を人があるけるほどの小道が出来ていた。

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5月2日(月)
7:30出発 → ローマ帝国国境跡 → アルンスブルグ修道院跡(最初の写真) → マールブルグ(聖エリザベート教会、シュロス) → ケルン(大聖堂地下の駐車場) → 大聖堂、宝物館 →(徒歩) 聖ウルズラ教会(入口右側の小部屋に、120もの聖遺物胸像(つまり骨ばかり)圧巻です!) →(徒歩) 聖ゲーレオン教会(外観と内部の差にびっくり!十角形の内部は素晴らしい。アーチ、色すべて見事!下の写真) →(徒歩) 大聖堂近くのホテル泊。

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5月3日(火)
8:30出発 →(大聖堂から地下鉄で)カピトール丘の聖マリア教会(ミサ中だった) →(徒歩) Museum Schnutgen(修道院跡が美術館になっている) → (地下鉄) Wallraf Richartz Museum(市庁舎の近くの建物) → アーヘン(下の写真。世界遺産指定、ラベンナを思い起こさせるような金のモザイク、凄い!でも、修復中だったので、天井は見られなかった) → 宝物館 → 市庁舎 → (車) ブリュールのアウグストゥス城と庭園(世界遺産、午後4時までの為入れず。庭は一般に解放されていたので、美しく手入れされた広い庭をゆっくり散策した) → マリア・ラーハ修道院近くのホテル(レストランでアスパラガスを注文)に宿泊。

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5月4日(水)
9:00出発 → マリア・ラーハ修道院(バランスのとれた美しい建造物。柱頭などが面白い。) → エーベルバッハ修道院(レストランの経営、ワインの販売もしている。赤い外観を持つ美しく大きな建物。ロマネスクとゴシックのミックスの側廊を持つ。多数の年代物のワイン製造機や樽の貯蔵庫が必見!) → シュパイヤー(2度目の訪問、やはり凄かった!世界遺産)、地下聖堂(教皇とドイツ王のお墓を見る。前回は、鍵がかかっていて見られなかった) シュパイヤー泊

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        (上:マリア・ラーハ修道院。 下:シュパイヤーの大聖堂)

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5月5日(木)
9:00出発 → Worms 聖ペテロ教会 →(徒歩) ユダヤ人墓地 → Lorsche (世界遺産の国立修道院跡やアルテンミュンスターを探すが、なかなか見つからない。インフォrメーションでようやく分かった。今や土台だけしか残っていないのだそうだ。どうして、世界遺産なのだろう。歴史が分からないといけないようだ。) → ローテンブルグへ (ここは2度目。前回は街の中心地しか歩かなかったが、今回は、周りの城壁の一部を歩く。魅力発見。) ”血の祭壇”のあるヤコブ教会の近くの素敵なホテルに宿泊。

下の写真は、街の南の方の城壁と野外劇場。今回、城壁を歩いて初めてローテンブルグの良さが分かった。2日歩いたのだけれど、ほとんど他の人に会わなかった。

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5月6日(金)
9:00出発 ローテンブルグの南門(シュピタール門辺りをまた散歩。まったく城壁の中は、中世を感じさせる。満足!) → ヴェルツブルグ(下の写真。ここも2度目、主人は3度目。それなのに、街中は歩いたことがなかった!レジデンツ前の駐車場に車を止めると、街を歩かずに終わっていたのだ。今回は街を歩く。) レジレンツ(世界遺産。あの見事な教会は、修復中で見られなかった。記憶はあったのだが・・・シュン・・・)、宮殿付属庭園 → 聖キーリアーン大聖堂(廻廊、クリプタ)、ノイエミュンスター → Messelの恐竜化石発掘現場(世界遺産) → フランクフルト空港2 → JAL408便 21:05発

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5月7日(土) 15:25成田着 

気の早い話なのだけれど、次回のドイツ旅行のルートを、もう決めてしまった。ドイツはなんとなく全体を廻っているのだけれど、丁度真ん中あたりが抜けている。つまり、バンベルグより北で、ゴスラーより南、マールブルグより東でドレスデンより西。ここには、なぜだか世界遺産が集まっている。

デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国、アイスレーベントッヴィッテンベルグにあるルター記念建造物、古典主義の都ヴァイルマルなど。またこの近くには、ブーヒェンヴァルト強制収容所もあるし、その他お城や修道院もある。また魅力的なドライブコースができそうだ。しかし残念ながら、それよりも他にもっと行きたい箇所がある為、いつ実現するか分からない。

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