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2017年8月の3件の記事

2017年8月10日 (木)

オビエドのプレロマネスク Santa Maria de Naranco サンタ・マリア・デ・ナランコ教会

櫻井氏の本「スペインのロマネスク教会」は、彼の「フランスのロマネスク教会」よりも私には魅力的に見える。スペインにはあまり見慣れていない形の教会が多いからだろうか?その本の中で、レイレ修道院以外でもう一つどうしても見たいと思った教会があった。それは、オビエドにあるサンタ・マリア・デ・ナランコという教会。

その本では、普通は見開きの2ページに1つの教会の平面図や説明、写真が掲載されている。ところが、ナランコの教会については、3ページが費やされていた。小さな直方体の建物で、とても教会には見えない。外側にハの字につけられている2階への入り口階段がなんとも素敵だ。さらに、内部の控えめな装飾が非常にエレガントに思えた。

訪れたのは2015年の5月の連休。レオンでは晴れていたが曇り空になり、越えるべきカンタブリア山脈に近づくにつれどんどん黒い雲が増え、とうとう雨になっってしまった。この山脈は日本では見られなような様相をしている。横に300キロ程続いているのだが、その上部には、岩のような絶壁が連なっており、一見すると屏風のように見えるのだ。

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白いのは雨粒。山の上の方は、このようなごつごつした岩が続いている。屏風のような岩の下にあるトンネルを過ぎると、山越えをしたことになる。そして驚いた。カンタブリア山脈の南と様子が全く異なるのだ。どう表現していいのかわからないが、なんだか違う国に来たような気がした。荒涼感たっぷりのごつごつ感はなくなり、水分たっぷりのみずみずしい緑の山々が続いている。空はどんどん真っ青な青になって行った。

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オビエドの街に入った。これまたびっくり。近代建築物が並んでいる。古い建築物が立ち並ぶスペインの街並みにはとても見えない。後で旧市街も訪れたが、それはほんの一角で、ほとんどが中世を感じさせないような建物だった。高い山を越えると、こんなに気候も文化も異なるのかと驚いた。
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レオンLeonから車で北へ2時間弱に位置するオビエドOviedo。街中から北西方向の山の中にその教会はあった。何度か道に迷った。住宅地を通っていかなければならないのが、なんとなく不思議な感覚だった。教会の前の道が駐車禁止だと気が付いたが、周りに駐車場がないので、近くの倉庫のような建物の前に車を止めた。ちょっと気が引けたが、教会の前にも赤い車が止まっていたので、大丈夫かなと思いながら。

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空は真っ青、緑の絨毯。オビエドOviedoの世界遺産サンタ・マリア・デ・ナランコはこんな気持ちの良い場所にあったのかー。9世紀に建造された元国王ラミーロ1世の夏の離宮、プレロマネスクの建物だ。12世紀になって教会となったらしい。じつはこの少し先に、サン・ミゲルという小さな教会(次回、少し写真をアップします)があるのだが、確か説明によると水に流されて教会の建物の半分が消失したという。池田先生の本によると、そのせいでこの建物が教会になったのではないかと推測されていた。あの時、教会のガイドさんがそう話されたのかもしれないが、私にはわからなかった。優雅な雰囲気を醸し出している。近くによって、建物を一周してみよう。

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近くによると、なんとも教会にふさわしくない、がやがやと騒がしい声が聞こえてきた。元気で楽しそうな高校生の一団だった。手前の赤い服の男性はどうもその関係者らしかった。建物を回りながら、いつものようにチケット売り場を探す。

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南側。現地で購入したスペイン語の解説本を読むと、この建物には、入り口が2か所あったが、いつからか北側の1つだけになったそうだ。この南側の中央はその失った入り口の痕跡だろうか?

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南西からの写真。東西にあるテラスは、同じ形状をしていて、全くの左右対称だ。この建物を2階建になっていて、後になってわかったのだが、この西側のテラスの階下が小さな事務所兼受付場所になっていた。この扉はいつもは閉ざされている為わからなかった。建物の向こうに、高校生達がサン・ミゲル教会へと歩いて行っている。

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これは、北側の写真。高校生たちが出て行った後に撮った。美しいフォーム、なんとエレガントなのだろう。普通教会のファサードなどに感じられる威厳さなどが見られず、楚々とそこにいらっしゃる、という感じ。教会の入り口は、この階段を上った所にある。2方向から登る階段、とても教会のものとは思えないが、ゴシック時代にこのように改築されたと書かれていた。

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これは東側に置かれている祭壇。こんな場所に置かれているなんて、とても信じられない。

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このアーチの周囲を見てほしい。線状の模様が施されている。そして、縦方向の柱のような箇所にも浅い線状の模様が走っている。これが何とも言えず、優しい雰囲気を醸し出している。サン・ミゲル教会にも同様な模様が施されていた。

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アーチの周囲にも外側にも施されているこの線状の模様が、この建物全体の統一感を生み出し、控えめなエレガンさと和むような素朴な味わいを出している。

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なんといってもこの入り口の階段のあたりがいい。左下の女性のように、下に少し座れる場所がある。私たちもチケットを購入した後で、この辺りで座って待っていた。昔はここでどのような人々が何を語り合っていたのだろうか?アストゥリアはイスラムに占拠されなかった。レオンから北西はキリスト教徒であり続けることができたのだ。

(長くなったので、内部の装飾については、次回にします。)

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2017年8月 7日 (月)

レイレ修道院の教会内部

指示された通り預かった鍵で門を開け、中に入ってまた鍵を閉める。私たちだけかと思っていたら、なんと先客のグループがいた。

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レイレ修道院の教会内部は、窓があまりにも少ないため、ライトが付いていても暗い。ろうそくだけの時代では、後陣にある細長い数本の明り取りからの光で、祭壇だけが明るく、身廊は真っ暗に近かったのではないだろうか。

あまりにも暗いので、中にあった説明版も残念なことに私の不注意で鮮明に撮れなかった。これは、教会の側断面図、左側の内陣の下にクリプトがあるのがよくわかる。この場所はロマネスク第1期(小さい黒い丸の色はわからないが濃い色)つまり一番古い部分にある。右半分の高い建物の下半分にある黄色の丸はロマネスク第2期、赤い丸はゴシックと書かれている。

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そして時代別平面図。これは全く読めない。残念。でもぼやーっと変遷が見て取れる。手前が入り口、奥が内陣。

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中央身廊(12世紀)は単身廊だが、一番古い内陣(11世紀)だけは3身廊になっていた。ところが写真でもわかるとおり、なんと両側の身廊の幅が異なるのだ。向かって右が少し幅が広い。おまけに、上部の柱頭あたりが狭くなっていて、鍵型のモサラベ様式が少し感じられる。おまけに中央の円形も綺麗な半円にはなっていない。もうすべてが面白い。その上、内陣の半円は2重なので、よりエレガントに見える。内陣には入れなかったが、やはりここが一番美しいと思う。柱頭彫刻も葉の模様とか花とか素朴ながらしっかりと施されていた。(写真が悪くてすみません)

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中央身廊の右側つまり南壁側に、聖女ヌニロとアロディアに捧げられた小さな礼拝堂が繋がっている。その入り口はなんと12世紀ロマネスク様式のファサードだ。下の写真は、礼拝堂側から本堂向きに撮った写真。タンパンには、Crismo(クリスモン)と呼ばれるキリストも銘(ギリシャ文字でキリストの名前の最初の2文字χ(カイ)とΡ(ロー)を組み合わせたモノグラム)がある。

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天井は、16世紀後期ゴシック様式。下の写真は、上記の礼拝堂の天井。

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教会内部は、ロマネスク、ゴシックと、少しのモサラベの雰囲気の融合だった。シンプルでどっしりとしている。この修道院は、歴史的にパンプローナの重要な役を担っていたらしいが、私は全くの素人なのでここには記載しないでおく。最後に著作権を侵害してしまうが、現地で購入した本の表紙があまりにも美しいので、それを載せていただくことにする。この教会の一番古く一番美しいロマネスクのアプシスと塔の写真。素人でこの方向、この高さでの写真は撮れない。

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2017年8月 6日 (日)

レイレ修道院 Monasterio de Leyre の教会 スペシオーサの正門

櫻井氏の本の中での、レイレ修道院のクリプトの衝撃があまりにも大きかったので、教会の建物自体への興味は全く持っていなかった。だから、受付で鍵を渡され”まず教会へ行ってください。その後こちらへ戻ってきてクリプトへ”と指示された時、正直なところ行きたくなかった。何がなんでもクリプトを真っ先に見たかったのだ。

全く、教会オタクらしくない気持ちだ!と自分を戒めつつ、現在ホテルになっている部分を悶々とした思いで回っていった。これは、教会の北側面。なんと、窓がどこにもない!ロマネスクであることがよくわかる。教会内部は暗いだろうと想像される。手前に広がる広場は、かつてゴシック様式の回廊だった所で、その出入り口をふさいだ跡が見える。遠くに1つだけ残ったバットレスが見えるが、その奥が内陣、その地下がクリプトになる。

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(この旅行をしたときは、主人以外に息子(右下)も一緒だった。かわいそうに彼は、初めてのスペインだというのにマドリードも見られず、こういう田舎の修道院ばかりを巡る旅に付き合わされたのだ。イタリアを回っているときも常にこういう状態だったから、彼も慣れてはいると思うけれど・・・。好きな運転をさせてもらえたので、悪くはなかったと思うが。)

クリプトと反対側、つまり西側に着いた。ファサードを見て、あれーーー!びっくり!そして興奮状態。こんな面白いものがあるとは想像もしていなかった。タンパンとその周囲にある多くの小さな怪物達。なんだか入り口を作った後、はめ込んだように見える。

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この西門は、”スペシオーサの門《Porta Speciosa》(スペイン語の本では、La Puerta Bella(美しい門)と説明されている)”と呼ばれ、11世紀から12世紀作成の貴重な門だという。タンパンは素朴なロマネスク、しかしその周りの飾り迫縁や装飾帯は彫刻のタイプが異なるので、作成年代は異なるらしい。タンパンの中央はエル・サルバドール(El Salvador)、向かって左側は聖母、そしてその左右に聖ペトロ(鍵を持っている)と聖ヨハネ、その両外側にそれぞれ手が非常に大きな福音史家。素朴で、見ていてほっとするような感じ。聖母は衣服の縁取りの模様が非常に繊細で美しい。そして福音史家達の手が非常に非常に大きいのが印象的だ。

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アーチ上部の装飾帯にも、様々な場面の彫刻がされているが、このような上部が四角いタイプはフランスではあまり見られない。しかし、スペイン北部では普通にあるようだ。後に訪問したサングエサでは、見事な彫り物を施した装飾帯に驚いた。また、いつか書くつもりですが。

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日本語のパンフレットによると、左上から、聖ミカエル、キリストの変容、聖女ヌニロとアロディアの殉教と書かれている。

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写真が悪くて申し訳ないが、こちらの方が面白い(クリックすると画像は拡大します。)。上部右から左に向かって、ヨナとクジラ(ヨナは神の指示に背いたのでクジラに飲み込まれる)、受胎告知(聖ミカエルが怪物のように見える)、怪物の大きな顔面、その左も怪物?悪魔?。その下は、聖母マリアの訪問、司教など。

フランスやイタリアの教会のファサードではあまり見ない装飾方法に、面白味を感じた。四角い網目模様は、一つのパッチワークのパターンのように、周りのどことも関係なく置かれている。サングエサでも同様だった。

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