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2014年7月23日 (水)

トルメスのラサリージョ Lazarillo de Tormes

日本語英語共に嫌いな理数系人間だったにも関わらず、フランス語をきっかけに言語の面白さを知り、過去にラテン語、イタリア語を習いましたが、残念ながら2度の手術入院によりそれらを中断してからは、フランス語以外は習っていませんでした。

ところが、辺鄙な場所にあるスペインのロマネスク教会や修道院をレンタカーで回るために(すでに2度行きましたが、後3回ほど行きたい)、昨年から本格的にスペイン語を始めてしまいました。今まで言語学習のために、どれだけ費用をかけてきたのかと思うと気も重いのですが、まあ、人生も1度しかないと思うと、したいことをするのも良し!というところでしょうか。最近スペイン語の文章形態にも慣れてきて、すぐにでも新聞も読みたいと思うのですが、やはり単語不足、経験不足、勉強不足!フランス語のようにはいきません。現在、B1レベルに入ったばかりなので、仕方ありません。

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     (ペーニャ修道院、この有名な柱頭を見るために車を走らせました。)

この奇妙なタイトル「トルメスのラサリージョ Lazarillo de Tormes」は、初めてスペイン語で最後まで読んだ、私にとって記念すべき本の題名なのです。16世紀という時代に無名の作家によって書かれた貴重な本でして、先生であるPedroお勧めであり、また、スペインの小学校では必ずみんなが読むことになる大事な本なのだそうです。

Lazarillodetormes1

主人公の男の子の名前はラサロ、トルメスという名の川の傍で生まれたので、”トルメスのラサロ”となるところですが、まだ小さい子供なので、小接尾語であるーilloをつけて、”トルメスのラサリージョ”という題名になっています。

内容は、貧しい家庭に生まれた男の子が、小さいころから親から離れて様々なご主人に仕え、生き延びるために辛苦をなめるような経験し、さらに見たくもない大人の悪を見せられ、厳しい生活の中で生きる道を見つけていくという話です。

ここまで書くと、まるで日本版「おしん」のように聞こえますが、内容は全く異なります。日本のおしんは、清く正しく生きていくのですが、スペインのラサロは、仕えたほとんどの主人が当然のことのように行う”うそをつく、人をだます”などの行動パターンをまね、それを武器として、悪知恵働かせて生き延びていくのです。そうしなければ、厳しい中世という時代の中、食べ物も得られず、死んでしまうからなのです。

Pedro曰く、現在のスペインでも”生活が苦しくて、生き延びるための嘘や騙す行為は容認される”という認識が、広く一般に常識として考えられているのだそうです。

私は、こういう話を聞けることが楽しくて仕方ありません。スペイン人の考え方のほんの一部分にしかすぎないけれど、日本人としては思いつかない外国人の考えを知ることができるのは、外国語を習っているからこそ得られる楽しみだと思っています。これからも、もっともっと多面にわたっていろいろなことを知りたいと思う。しかしその前に、私がもっと勉強し、スペイン作家の本を読んだり、しっかり話せるようになるなどして、その国の文化にもっと歩み寄らなければ、あまり見聞きできないような情報は得られないのでしょう。いつまで続くかな?このスペイン語の勉強、興味はあるのですが、少々不安でもあります。

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