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2011年5月28日 (土)

フェラーラ③ スキファノイア宮殿の壁画

イタリアは大好きな国。ずーっと気になっていたフェラーラの続きを久しぶりに。今までに2度、キリコに影響を与えた街フェラーラ と ゲーテを不快にさせた街フェラーラ という題で、大聖堂とエステンセ城について書きましたが、これは、2005年9月上旬、2週間ほど息子と二人で車で廻った後に書いたもの。今回は、2008年の夏、主人と2人で車で廻った時に訪問した、《スキファノイア宮殿》や《ロメイの館》について、少し書いてみます。

Ferrara_map

上の地図(クリックすると拡大します)で、左上が鉄道のフェラーラ駅。スキファノイア宮殿は、街の中心にある大聖堂をはさんで、ちょうど反対側、つまり右下の城壁に近い所にあります。私達は、大聖堂近くから、タクシーに乗りました。フェラーラは思った以上に広いので、これお勧めです。

フェラーラの街は、マントヴァに比べて、なんとなく近代的だなあと感じたのですが、こうやって地図を眺めると、その理由がわかる気がします。ほら、道がまっすぐ延びているでしょう?中世の街では、メインの道でも緩やかにカーブしているのが普通なのですが、ここでは、直線です。ほんと近代的ですね。こういうところからも、画家キリコはインスピレーションを感じたんでしょうか。

下の画像(以前にも同じ画像をアップしましたが)は、エステ城の塔から。結構大変でしたよ、登るのは。最後の方は、鋼鉄製の足元が網目状態になっているような階段を登りました。確か、この先にディアマンテ宮殿があります。道が直線でしょう?

Fereste3

話を戻して、スキファノイア宮殿は、下の写真のように、道路に沿って細長く建っており、何の変哲もない建物です。これがほんとうに宮殿なのかと疑われそうです。宮下先生の本によると、もともとは1385年に、エステ家のアルベルト世が娯楽場として建設した建物を、ボルソ公が、宮廷建築家ピエトロ・ベンヴェヌーティ・オルディニに命じて、大改築したのもだそうです。

Schiext

Schi1_fanoia 入口内部もシンプルで小さく、おばさんが一人いるだけなので、不安を感じながらもとにかく入ることに。左の簡単なチケットからわかるように、あまり力が入っているようにも思えませんし、しかも今見ると、ラピダリオ美術館もこの5ユーロのチケットで入れるようです。あの時、もう少ししっかり見るべきだったなあ・・・。

もう記憶も薄れているのですが、一階は何かの展示があり、変な中2階を歩き、(つまり、一階の上の方に臨時の廊下が続いていた。修復中だったのだろうか?)そしてまた少し階段を上がって、メインの大広間へ。写真は禁止でしたので、購入した本から。

Schifa1

ひろーい部屋は、壁画で囲まれていました。思わず、うわーっと声が出そうに。けれども認識できるのは、この画像の正面(ここらは入ってくる)と左側の面のみ。宮下先生の本によると、《月歴の間》と呼ばれるこの広間は、18世紀に漆喰で上塗りされ、19世紀になって再発見されたのだそうです。18世紀というと、フランスは革命の後、そしてイギリスは産業革命の真っただ中で、古いものは価値がない、とみなされていた時代かもしれません。

Schi_mar3 絵の構図は、壁面を月毎に縦割りにし、そのひと月を3段に区切り、上段は、各月に相当する神々の勝利の場面、真ん中の段は、黄道12宮の寓意像、下段は、ボルソ公の豪華な宮廷生活の場面が描かれています。

右の画像は、3月。上の部屋の画像では、正面右側にある壁画です。上段は、知性の女神ミネルヴァの勝利、中段は雄羊。画像の質が悪いので、その豪華さが感じられないのが残念です。

下段は下の画像の方がわかりやすいでしょう。右側に宮殿、ボルソ公と思われる人物を、人々が取り囲んでいます。中心から左にかけて、立派な馬に乗った、見目麗しき騎士達がずらーと並んでいます。足元には犬もいます。当時の宮廷には必須アイテムなのです。左上には、働いている人たちが描かれています。

Schi_marzo

4月のは、絵はがきがあったので買ってきました。修復後の絵なので色が綺麗です。4月は、軍神マルスの月、そして牡牛座です。しかし、全体の絵葉書はなくて、部分的です。これは、下段の右方向一部分。マンドヴァのマンテーニャの”夫婦の間”に描かれている人物に似ています。

Aprile1

これは、上段の右側一部分。上部は下段に比べて、保存が格段に良いようです。優雅な世界ですね。この3月と4月は、フランチェスコ・デル・コッサによるフレスコ画だそうです。

Aprile3_2

この4月の場面は、美しく修復されましたが、残念ながら残っている絵でも、下段は一部が欠けていたり、かなり色が剥げていて、時代の流れ、そして痛々しくも感じました。しかし、場面の取り方、人物の配置の仕方など、全体の構成は非常に素晴らしい。四面とも見ることが出来た時代は、さぞかし華やかであったことでしょう。

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