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2008年5月 2日 (金)

フランス最古の教会②内部 Le Baptistère saint-Jean de Poitiers

では、ポワチエのサン・ジャン洗礼堂の内部を紹介しましょう。
(内部は撮影禁止となっていました。しかし売店の女性に撮影許可を求めたところ、来場者も少なかった為かフラッシュなしでならいい、と言ってくれました。2001年に行った時は、売店の女性以外に堂の真ん中に解説者が立っていて、とても撮影許可を求める雰囲気ではなかったのです。今回はラッキー!)

St_jean_int9  St_jean_int7

入ってすぐの部屋ナルテックスは、このような感じ。奥の洗礼する部屋が見えていますよね。そう、ここはこれほど狭いのです。見学者は、写真の中央に見えるフランス人おじさまだけ。そのうち彼も出て行ったので、私一人の世界となりました。

ナルテックス両側は右上の写真のように、建物のオリジナルの断片や、この教会の南側に埋められていたメロヴィング朝の石棺などが置かれていました。ここは、石棺の博物館でもあるのだそうです。さて、12世紀から14世紀にかけて描かれたフレスコ画は、次のようでした。

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アプシス内天井には栄光のキリスト、その周りを4人の福音書家と思われる動物が描かれていました。マタイが左上、左下はライオンのなのでマルコ、右上は鳥のようなので鷲のヨハネ、右下が薄くなっていてわかりにくいのですが、牛のようにみえます、ルカですね。

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その周りに描かれている絵(右図)は、私にはよくわかりませんが、ヨハネの生涯なのだそうです。

次に左上の写真の柱をよく見てください。細いし色も周りの壁などと違うし、材質が違っているように見えるでしょう?これは、フランスの教会にはめずらしい大理石なのです。

前回の外観の説明のように、小冊子によると、『4世紀ごろ、276年に破壊されたローマ時代の建物の基礎の上に、長方形の建物が建てられた』そうですので、その際、大理石の柱だけはもったいないからと再利用したのでしょうか?

侵略者によってその地が征服されると同時に宗教が変わる時、普通見せしめとして、前の宗教的建築物を壊し、その跡地に新しい宗教建造物を造ったと聞いています。パリのノートル・ダム寺院もローマ時代の建築物を壊して、その跡地に今の教会の前身建造物を作りました。(証拠にノートル・ダム寺院前の広場の地下には、ローマの遺跡が残っていまして、地下駐車場の入り口から入って見られるようになっています。)

異教徒のものを使った建造物って、トルコのアヤソフィアやスペイン・コルドバのメスキータなどを思い浮かべますが、それらは稀なことであり、普通は使いません。そういう意味で、この洗礼堂も一種の稀な建物なのかもしれませんね。

St_jean_int1 正面上部(右写真)、2つの円窓の間はキリスト昇天だそうですが、逆光でよく見えません。聖人たちが並んでいるその下両側に、兵士のような槍と盾を持った騎士たちが描かれていますが、彼らは、コンスタンチヌス帝と聖モーリス(Saint Maurice)なのだそうです。

今回購入してきたLAROUSSE出版の”聖人の本Le Petit Livre des SAINTS”(フランスで信じられている誕生日ごとの聖人についての本)を探しますと、ありました!9月22日の聖人で、元テーベの支配者、キリスト教迫害の時代4世紀初頭、スイスで殉教した人物のようです。ローマの旗手で剣を持った兵士で描かれ、時々黒人で表されるそうです。

St_jean_int6 夢中でパチパチと写真を撮ったり、ぼーっと見ていたりしていたのですが、あまりの静けさにふと我に返り、入り口左の売店を見ました。ボックス内の女性は、戸口からの光を求めて端の方によって読み物にふけっています。こちらの動きには全然感心がないようでした。

アプシスを背にして入り口方向を見ると、左の写真のように見えます。入り口から階段で下がっていますよね。ちょうど最初の写真の反対側から撮ったことになります。

さて、発掘作業は1958年から始まったそうなのですが(かなり最近ですね)、沐浴場の外側のブロックには、入水・排水施設が整っていたのを発見したそうです。見学時には何も確認できませんでしたが・・・

St_jean_int12_2天井は木造でした。右の写真は、入って右側上部、つまり南西の壁上部の写真ですが、暗い中に木のはりが見えるでしょう?再現されたものとはいえ、こういうものを見るのはうれしいです。残念ながら、円窓の間の絵は、よくわかりません。

St_jean_int11 左右の小後陣には、左写真のように石棺のふたがずらりと並べられているだけでした。小冊子には石棺の説明も書かれているのですが、すみません、訳していないのでわかりません・・・。1853年の修復の際、側面の多くの絵は消された、と書かれていましたが、この場所のことかもしれません。残念ですね。

話は変わりますが、4月上旬というのはフランスでは夏時間になったものの、まだ観光シーズンとはいえません。しかもポワチエに着いたのは、とても寒い日曜日(パリの夜はなんとみぞれ!)。街は静まり返り、人影も少なく、普通のお店やお土産やさんだけでなく、レストランやツーリストオフィスまで閉まっている始末。途中で冷たい雨もぱらついてくるし、ほんとうに静かというか寂しいというか・・・。フランスの観光は、5月下旬から6月がベストだと思います。

関連記事:フランス最古の教会① 外観・歴史
 
その他の教会:カテゴリーの「訪問した教会一覧」から

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フランスの教会 Les eglises de la France」カテゴリの記事

コメント

Cojicoさん、大変ご無沙汰しています。『Firenze美術めぐり』のちゃおちゃおです。
時々拝見していましたが、今回のフランス最古の教会のご紹介、とても興味深く読みました。
まだ教会建築のパターンが決まっていない古い古い教会なんですね。
メロヴィング朝の石棺、12-14世紀のフレスコ画など、どれも実際に見てみたいです。

ところで、ローマ時代の遺跡から大理石の柱を再利用した教会は本家イタリアにはわんさかあります。
特にローマは遺跡の上に2000年の歴史を積み重ねたような街。
以前の宗教を否定するという意味よりも、ローマ帝国崩壊後は遠くから石材を運び出すインフラもお金もなくなったので、市内のそこらじゅうにある遺跡を再利用して教会を建てるのが一番道理にかなっていたんですね。
遺跡そのものを教会に変えてしまったパンテオンはその最たるもので、他にも「真実の口」で有名なサンタ・マリア・イン・コスメディン教会や、サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会などは、内部の柱は大きさも色も柱頭の飾りもばらばらなものの寄せ集めです。
一つ一つの柱が元々使われていた建物はどんなだったんだろう、と思いを馳せながら、ばらばらの大理石の柱を触ると「ローマにいるんだ」と強く感じて、上記の教会は大好きなところです。
よろしければ、拙サイト『ROMAの休日』をご覧くださいね。

投稿: ちゃおちゃお | 2008年5月 2日 (金) 22時48分

ちゃおちゃおさん

すみません、ご無沙汰しております。
ほんとにそうですよね、忘れていました。本家本元イタリアですもの、たくさんあるでしょうね。
先ほど、「ローマの休日」のサンタ・マリア・イン・コスメディン教会とサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会の記事、興味深く読ませていただきました。Meravigliose!種類の異なる柱が見事に並んでいますね!面白い!!!実際に見てみたいです。

久しぶりにイタリアの教会内部を見せていただき、興奮してしまいました。フランスの教会とは異なる、なんというすばらしい装飾の数々でしょう!目がくらみます。ここ最近、フランスの教会ばかりに気をとられ、イタリアを忘れていました。う~ん、はやりすばらしい!ローマの教会めぐりもたまらないですね。

サン・シルヴェストロ教会、よく覚えています。私はローマへ行くとこの近くの小さなホテルに泊まるので、このバスターミナルからバスに乗っていました。

ちゃおちゃおさんのサイトはほんとに充実していますね。すばらしい!そしてイタリアははやり刺激的!また、ゆっくり読ませていただきます。

フランスには、イタリアほど神殿は多くなかったのではないでしょうか。なんといってもガリアの地ですから・・・その上、フランスの守護聖人であるマルタンは改宗を奨めるとともに、異教の神殿を壊すように説いて回ったのだそうです。
こういうミックスされた内部、私には非常に珍しく映りました。でも、探せばフランスにも他にあるかもしれませんね。課題が増えました。
今回のちゃおちゃおさんのコメント、ほんとにありがとうございました。


投稿: Cojico | 2008年5月 3日 (土) 00時20分

Cojicoさん、早速『ROMAの休日』を見てくださったようで、ありがとうございます。
私も久しぶりに(笑)自分のサイトを見て、やっぱりコスメディンとトラステヴェレは大好きな教会だなぁ、と思いました。特に写真を見ると、教会の中のひんやりとしてちょっとかび臭い空気を思い出します。

フランスの守護聖人サン・マルタンは改宗だけでなく異教の神殿を壊すよう説いたとは、激しい人だったんですね。そして真面目な人だったのかも。
イタリアでは神殿や遺跡をリサイクルして教会や住宅にしちゃうという、よく言えばフレキシブル、悪く言えばちょっといい加減なところもありますけど。

最近はユーロが高すぎる上に、物価そのものも上がってしまって、欧州旅行はつらいですよね。特に外食費は絶対に日本の方が安いですよね。フランスもイタリアも同じように高いのですね。イタリアでは以前は無料だった教会などですら、入場料を取るようになってきたのも痛いです。
そんなこんなで私も2年前の3月以来イタリアに行っていないのですが、そろそろ行きたいなぁ。

それから、Cojicoさんはドイツ語のお勉強もされているんですね。
私は先月からロシア語をラジオとテレビの講座で始めました。ロシアも文学、音楽、芸術などすばらしいものがたくさんあるし、東欧文化全般への窓口となって世界が広がりそうです。
英語やイタリア語、フランス語、スペイン語などとは全然構造が違うし、初級の壁がとても高いのですが、それでもアングロ・サクソン語源、あるいはラテン語源と思われる単語もあって面白いです。
いつまで続くかわかりませんが、がんばります♪

投稿: ちゃおちゃお | 2008年5月 3日 (土) 13時12分

ちゃおちゃおさん

返事が遅くなり、すみません。この連休で韓国へ行っていました。韓国も連休の真っ最中でして、観光地は大変な混み様!でも十分楽しんできましたよ。

今また、ちゃおちゃおさんのサイトを見させていただきましたが、あまりにも写真や説明が良いので、ほんとうにまた行きたくなりました。
イタリアの歴史の奥深さはフランスの比ではないですよね。格別です!

それにしても、ユーロは高すぎますし、物価も高すぎです。私も2年半ほど前に行った時、以前無料だった教会の入り口が変わっていて、しかも有料になっていてびっくりしました。ホテルも高いし・・・
でも、悲しいことに行きたいんですよね。遠く離れているのがつらいです。

話は変わりますが、ロシア語とは・・・難しいでしょうね。でも言語を通して、西欧社会と違った文化や社会の根底をなす人生観、共通意識などが理解できたらなんど素敵なことでしょう!ちゃおちゃおさん、がんばってくださいね!
旅行としては、モスクワとサンクトペテルブルグは行ったことがあるのですが、地下鉄など駅名が読めなくて大変苦労しました。でも、ロシア正教教会のきらびやかさは圧巻で、何時の日か他の教会も訪問したいなあと思っています。ロシア語は無理ですが・・・

ドイツ語もラテン語系言語とあまりにも構造が違うので最初は戸惑いました。なかなかむずかしいですね。記憶力も衰えている(いえ、もともとない!)ので、つらいです。ゆっくり進めていこうと思っています。

ちゃおちゃおさんのおかげで、またイタリアの教会への興味が沸きました。感謝です。ローマへ行く機会ができましたら、また勉強させてくださいね。

投稿: Cojico | 2008年5月 7日 (水) 16時42分

こんにちは。
最初の右上の写真にあります石棺類、手前に並んでいるのもメロヴィング朝のものなのでしょうか?模様(文様?)とてもおもしろく見えます。私にはこの手のものはクッキーに見えるのです・・・。こういうのは、ギリシャ・ローマからの影響か、ケルト・北欧の影響か、どちらなんだろう?と、いつも考え込んでしまいます。

投稿: あむ | 2008年5月14日 (水) 14時32分

チロルのイタリア側に、新石器時代5000年前のメンヒル(石のご神体)を祭壇に使った教会がありました。異教徒を否定するためではなく、20世紀まで信仰対象とされていたようです。
隣村はブランコ聖人の教会です。

投稿: Pirvs Lvdens | 2008年5月14日 (水) 19時15分

あむさん

石棺の蓋がクッキー!めちゃめちゃにすばらしい発想ですね!やわらかい思考をするあむさんらしいです!ありますよね、こんなクッキー、思い出しました。

雑用でばたばたしており、返事が遅くなりました。すみません。
小冊子を読んだのですが、その文様がギリシャ・ローマの影響なのか、ケルト・北欧の影響なのかなどは、全然触れられていませんでした。
ただ、この石棺がメロヴィング朝のものであることは確かのようです。

最初の右上の写真の中で、手前左端の石棺の蓋の模様についてですが、別の写真を拡大してみますと、手前の細い方に3つの円形模様がありました。しかもその円の中に何か図も描かれています。
これは、ケルトのシンボルである「トリスケル」に非常に似ていると思いました。

ルーツを探るのはとてもミステリアスで、歴史の未知の世界に入っていくようでわくわくしますね。

小冊子に面白いことが書かれていました。右端の石棺についてですが、上の方に彫られていたと思われる碑文が、のみで削り取られているのだそうです。これは石棺を横取りして、最初の所有者の名前を消して、別の人が使った跡なのだそうです。

あむさんの疑問のおかげで、私も楽しめました。ありがとうございます。

投稿: Cojico | 2008年5月15日 (木) 22時51分

Pirvsさん

先ほどPirvsさんのサイトで、ビューエルの聖母教会のメンヒル、見せていただきました。ものすごい線刻ですね。これが、あの白くて大きな祭壇の下にあったのですか!

他にも似た石が見つかっているということは、5000年前に、大理石にこのような線刻の文化があったという事ですね。興味深く読ませていただきました。

実は私、アイスマンの展示を見たことがあるのです!それがいったいどこの美術館だったのか思い出せないのですが・・・
氷河の中で見つかった男性の遺体について、いろいろ展示されていたのですが、当時は興味がなかったので、あまり丁寧に見ていなくて、記憶がはっきりしません。発見場所はラーチェスの北だったのですね。そうそう、地図もありました・・・

イタリア北部の教会は、規模としてはほんとに小さいですが、フレスコ画は素朴で力強くてはっきりしていて、実際に見てみたいとつくづく思いました。
この夏、イタリア北部へ行こうと思っていたのですが、主人の都合によりだめになりそうです。いつか、Pirvsさんのように、回ってみたいと思っております。

投稿: Cojico | 2008年5月16日 (金) 00時01分

こんにちは
お久し振りです。
コメント頂いておりましたが、返事が遅くなり申し訳ありません。連休を利用して東北など長期の国内旅行をしておりました。イギリスの友人との同行二人・・変な旅になりました酒浸りの旅でした。
中国地震などこころが傷みますが・・楽しんできました。ポワチエももう一度、行きたいと思っています。
cojicoさんのお陰で、知識も出来ましたので・・
フランスの歴史を知らないといけませんね。
次回の目標はツゥールーズです。

投稿: kju96 | 2008年5月17日 (土) 13時16分

kju96さん

この時期の東北は、新緑が輝いていますよね。美しかったでしょうね。でも、イギリス人との旅行、というのも変わっています。また、読ませていただきます。
それにしても、東北は非常に惹かれる地方です。いろいろ行きましたが、まだまだ足りません。
フランスもイタリアも同じです。何度行っても、また行きたくなります。
トゥールーズもゆっくりと散策したいですね。(実は5月下旬にまたフランスへ行きます。)イタリアもまた車で回りたいし・・・

連休中、私は家族と一緒に韓国の釜山で3泊してきました。混んでいましたが、自分たちだけで地下鉄や高速バスに乗って慶州へ行ったり、また郊外のお寺へ行ったりして、とても楽しかったです。

旅は麻薬と同じですね。

投稿: Cojico | 2008年5月17日 (土) 20時51分

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