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2007年12月10日 (月)

戸惑うドイツ語

この夏を過ぎた頃から、ふとドイツ語も少し分かればいいな、と思い始めた。

ドイツ語の翻訳もされているゲストのあむさんの影響もあるのですが、ちょっと刺激的だったのが、この夏に取ったある講習会での内容だった。先生の言われたほんのちょっとした単語がわかれば、かなり見えてくる部分もあるはず・・・。

で、気が付いたときは、もう10月の半ばを過ぎていて、NHKのラジオ講座も2週間以上過ぎてしまっていた。これは出遅れてしまったと、あせってCDと本を買い、勉強し始めた。

で、戸惑ってしまった・・・発音が全然ラテン語系と異なるのである。英語からすぐにドイツ語に入るとそう違和感も無いかもしれないが、ラテン語系から入ると、簡単な単語の発音がわからない。

たとえば、hier は”ヒアー”と発音し、英語のhereと同じ意味となる。しかし、フランス語では、hを発音しないので、”イエー(ル)”となり、”昨日”を意味する。
”私達”のwirも”ヴィアー”と発音するのではなく、”ヴィール”と言ってしまう。

発音だけではない。そのほか、あのNHKの入門講座は、ほんとにやさしいはずなのに、全然わからない。文が全然見えてこないのだ。いったいドイツ語って、どうなっているのだろう・・・

入院中も、タイマー録音しておいたMDを持ってきてもらい、それを聞いていた。が、苦しい・・・ドイツ語の会話が、エイリアン語に聞こえてくる始末。習った箇所もさっぱりわからない。どこから、どう取り組んで良いのか、糸口が見えてこない・・・

おまけに、この10月からのドイツ語の講座は、すぐに会話の練習に入ってしまう。一度入門を終えている人ならば、これも対応できるかもしれないが、全くの初めての人には、なんの手の施しようも無く、ボーっと聞いているだけしかできない。

実は、閑なので勉強する気も無いけれど、同時にスペイン語入門も聞いてみた。文章を聞くだけだと何を言っているのか分からないが、こちらは先生の説明や注意点はすぐに理解できる。基本的な文法が似通っていると、こんなにも導入が楽なのかと驚いた。発音も単語もかなり異なるが、他のラテン語系言語とほぼ1対1に対応していそうで、文法は体系的によくわかる。

ところが、このドイツ語は、文型が全然異なる。系統が異なると、こんななにも違うのかと、ほんとに驚いた。参った・・・後悔しきり・・・

ところがどういうことか、この12月に入って、なんとなくドイツ語が見え始めた。どのような構造になっていて、何がポイントなのか、分かるようになってきた。で、今までの復習として、もう一度10月号から見直してみた。たった2ヶ月、しかも薄い本なのに、まとめてみると勉強したことが沢山ある。

うん!分かる!今まで、分からないままがむしゃらにノートに書いていたが、ようやく、どうまとめて書けばよいのか、わかってきた。辞書の例文も見えてきた。

不思議なものである。フランス語を始めたときも、イタリア語を始めたときも、やはり最初のノート一冊目は、がむしゃらに書いていた。当然なのだが、動詞の活用一覧、定冠詞、不定冠詞一覧、動詞や名詞の例文、その他何でも・・・結構、これが役に立っているのかもしれない。

見えてくると、それなりに疑問も湧いてくる。例えば、どうして”助ける”という意味のhelfenという動詞は自動詞なんだろう? 普通、”~を助ける”と使うので、直接目的語を取りそうだ(英語もフランス語もイタリア語も他動詞)が、なんとこの単語は自動詞なので、間接目的語つまり3格を取るか、もしくは、前置詞を伴うことにる。う~ん、悩ましい・・・でも覚えるしかない。そのうちに、もっと沢山の動詞を知ると、いろいろ見えてくることもあるだろう。

少しドイツ語が面白くなってきた。しかし、単語はフランス語とは似ても似つかない長いものばかりだし、文法も複雑そうで、とても覚えられなさそう。名詞の性においては、覚えるなんてとんでもない話。ともかく、今ようやく、ドイツ語の第一歩がはじまったばかり。簡単な旅行会話ができるようになるのは、いつのことだろうか・・・?

というわけで、今は、ドイツ語(3月まではNHKのラジオ講座を聞く予定、しかし急に難しくなる時があるので、ついていけない場合もありそう。)とイタリア語の復習(1月から授業を受けようと思っているので)に励んでいます・・・

と、ブログの更新をしていない言い訳をしていまして・・・すみません。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。いつもたくさんの勉強をしていらっしゃるんですね! 私にはそんなに多くのことや新しいことにがむしゃらに取り組むのはとても無理で、驚いてしまいました。
ドイツに語は、私も昔早々に挫折しました。でもドイツの土地や人や食べ物や習慣が気に入り、そこに入り込むには言葉を話せることが一番の手段だと思ったので、吸収しました。オウムのようにマネして感覚から発するのが最短かもしれません。

現地で生活してみると、空間のなかで動作とともに話すには、じつはドイツ語はうってつけだと思いました。前後上下左右や、ある方向を向くだけか、その方向に移動するのか等、それらが前置詞一つ格一つで明確に指定されるので、耳から聞いて話し手の意図を受け取り間違うことがありません。上というある確かな地点か、上方なのか、上向しようとするのかまで、全部指定されます(大笑)。逆に、それらを指定されずにあいまいな表現をすると、ドイツ人はどうしてよいかわからずうろたえるんですよ(笑)!

helfenのようなもの、私もハテナ?でしたが、「3格=に」の「に」を、点でなく空間に広げるとわかる気がしました。「誰それさんにおいて」とでもいうんでしょうか。helfenに限っていえば、「ある状況にあるあなたを」ではなく(これだと神か聖職者の領域になってしまうかも)、「あなたに起きているある状況を手分けして負担してあげよう」という感覚が優先されるんだろうと思います。それゆえ「あなたにおいて」の意味で人が3格、その人の困っている点を4格で整理している気がします。4格のところは不定詞句にしてもOKだし、英語で言うthat節にしてもOKです。

ふりかえってみると、彼らの「Ich」=私、自我、という強さをつくづく感じますよ~。自己自身というのか。絶対不可分なものなのですよね。相手もそうだというのが前提になってますしね~。教会には通わなくなっても、人間と神の位置関係ははっきりしてるんでしょうね。

投稿: あむ | 2007年12月12日 (水) 14時28分

あむさん、
丁寧なコメント、ありがとうございます。

なんだか、新しいことにすぐに興味を示してしまうような、はずかしい面をお見せしたようで、少し気が引けております。

フランス語に取り組んでいた頃ですと、とてもドイツ語までは手が届かなかったのですが、今年は病院と仲良くする年と決めて、なんの授業も取らず、講演を時々聞いているような自由な時間が多かったために、始める気になってしまいました。

一方、学生時代、ドイツ語を取ったにもかかわらず、分からないまま終わってしまったので、そのリベンジのつもりで少しでも理解できれば良いな、とも思っております。

でも、難しいですねえ、ドイツ語は・・・、フランス語とは、言語世界が大きく異なります。
私、国を支配する言語は、その国の人々の思考を特徴付ける上で、非常に大きな影響を及ぼしていると思っています。そして、言語を知ると、その国の物質化されていない見えない部分も見えてくるのではないかと密かに願ってもいるのです。

ほんの小さな疑問から、あむさんは、見事にその見えない、ドイツ人が抱いているであろう概念を、helfenの説明を通して導き出してくださいました。まさに私はそういうことを、言語を通して知りたいと思っているのです。あまりにも的を得た説明で、ほんとうに感謝しております。

Ich fahre in die Stadt.と Ich wohne in der Stadt.と、同じinなのにどうして後ろの格が異なるのかと不思議に思い辞書を見ましたら、方向性があるかないかで変わるのだと知りました。考えてもなかった視点だったので、驚きましたよ!

「あいまいな表現をされると、うろたえる」というドイツ人の姿、面白いですね。微妙な言語感覚の重要性を感じます。
こういう、日本人では分からないような小さな言葉の感覚も、ドイツ人の先生なら教えてくれるでしょうか?でもきっと、初級者には、まだ理解するのも無理でしょうね。長くドイツ語に接し、ドイツ人感覚を持ってから分かることかもしれません。

確かに、フランス語の文章を通しても、人間と神との位置関係を感じるときがあります。日本のそれとは大きく違っていますね。
でもドイツ語でそれを感じるようになるには、かなりの時間が必要のようです。いや、そこまではとてもできそうにないので、相手の言っていることが少し理解できて、こちらも言いたいことが簡単に言えるようになれればいいな、というレベルまででいいです。

そして勉強の過程で、ドイツ語に対するいろんな感情が湧いてくると思うのですが、それが楽しみの一つであればいいな、とも思っております。
また、疑問点を書くかもしれませんが、その時は簡単でいいですので、宜しくご指導お願いいたします。

投稿: Cojico | 2007年12月12日 (水) 21時07分

私も語学は好きです。と、言っても、うまいわけではありませんが。ドイツ語は、ちょっと・・・でも、英語、スペイン語、フランス語・・・ドイツ語はほんのちょっと・・・でもやってみると語学って結構、言語の成り立ちって日本の熟語みたいなもんだなあって思います。シュリーマン・・・・あのトロイを発掘したシュリーマンは10ケ国語をペラペラだったそうですが、そのやり方は???ッていう質問に「薄い本を1冊完璧にマスターすること」と言ったそうです。それって、わかるような気がします。66才の去年、10年ぶりにスペイン語、再開しました。話すほうは、ちっとも、単語が出てこないけど、聞くほうは結構わかる・・・面白いもんですねえ。まあ、ホント、初歩的なこと言って恥ずかしいですけど・・・

投稿: 山口ももり | 2008年1月 4日 (金) 20時51分

ももりさん、

うわー、またコメント書いてくださってありがとうございます。お忙しいのに・・・

ももりさんは語学がお好きなのですか・・・本もお好きだということなので、国語関係はお強いのですね。まったくうらやましい!!
絵を描く為の海外旅行もどんどんされているようですし、海外で個展などを開くとなると、英語力もかなり要求されますよね。現地の言語も知っておくと、相手方は喜ぶでしょう。でもそれは、ももりさんのように好きでなければできる事ではありません。

実は私は国語も英語も嫌いで、文系には全く興味が持てず、数学とか科学の真理に”美”を感じていた子供でした。今思うと、きっと人間に興味が無かったのだと思います。

人生って、不思議なものですね。語学センスの全くない人間が、アメリカとフランスに住むことになるのですから・・・

>言語の成り立ちが日本語の熟語・・・
はあー、なるほど・・・英語のイディオムとかドイツ語の分離動詞や一部の単語などはそのように思えますが・・・

>薄い本一冊を完璧にマスターすること・・・これはよく分かります。例えば、高校の文法の参考書など一冊分をしっかり覚えておけば、かなりの力ですものね。後は単語量でしょうか。

記憶力の悪い私には、語学は大変です。でも時間や慣れも必要なので、楽しみながら続けてみます。

10年勉強しなくても聞く力は衰えないんですね。凄いことです。確かに話すのは一番厄介なことですが、ももりさんですと、すぐに昔の記憶が蘇り、元のように話せるようになりそうですね。

投稿: Cojico | 2008年1月 5日 (土) 01時08分

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