知らなかったピエトロ・ペルジーノ① Pietro Perugino che non conoscevo
先日、損保ジャパン東郷青児美術館で開催されている「甘美なる聖母の画家 ペルジーノ展 ラファエロが師と仰いだ神のごとき人」を見てきた。

このペルジーノ(Pietro Perugino 1450頃~1523 レオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同年齢)という画家、ペルージャで生まれ、フィレンツェでヴェロッキオ工房で勉強し、実績が認められシスティーナ礼拝堂のフレスコ画も手がけ、一時期だけだが15世紀末から16世紀初期にかけて、イタリア内外で絶大な人気を博したという。
この絶世期を知っているラファエロの父親が、ペルジーノを「神のごとき画家 il divin pittore」と賞賛し、息子を彼の工房へ修行に出したのだそうだ。そんな逸話もウンブリア派絵画の特徴も全然知らなかったので、この展覧会は非常に興味深く楽しむことができた。
さて、まず右上の2枚の板絵、他の2枚とあわせて4枚の板絵が並んでいる。古いにも拘らず非常に色が鮮やかなのには驚いた。ペルージャの画家ベネデット・ボンフィーリ(1418頃~1496)の十字架のキリストを苦しめた釘やかなづちなどを手に持っている天使達。みんな悲しそうな同じ表情なので絵画としては物足りないかもしれないが、ビザンチンを思わせる光背を持っているにも関わらず硬さは無く、その明るい色やゆったりたるみのある洋服のエレガントさ、背景の模様の細かさなどからは新しい息吹が感じられる。
これが、ウンブリア地方絵画の特徴なのだそうだ。こういう環境からペルジーノの絵の特性が生まれたと説明している。
パンフレットにもなっている左図「聖母子と二2天使、鞭打ち苦行者信心会の会員たち」からは、彼の絵の特徴が顕著に見て取れる。色彩の鮮やかさ、身振りの穏やかさ、甘美な敬虔さ、そしてシンメトリーな画面構成。
次に右図「聖母子と天使、聖フランチェスコ、聖ベルナルディーノ、信心会の会員たち」を見え欲しい。聖母子の姿、その両側の天使達、全体の構図、似ているでしょう?
これが、ペルジーノの人気が一過性に過ぎなかった原因なのだそうだ。
15世紀、フィレンツェの大工房で行っていた、親方のパターン化した原案を繰り返し再利用して、顧客達の需要を満たすという常套手段を、彼は16世紀初頭になっても使い続け、似通った作品が目立つようになった。そのうち彼の芸術観の狭さが指摘され、急激にその名声を失ったらしい。

しかし、左図のように深く精神性を感じさせる「ピエタのキリスト」とか、右図の「少年の肖像」(ウフィッツィ美術館より)に見られるような端正な技術は、誰もが賞賛するだろう。
不思議だった。見ていると、この少年を描いた画家と、上の絵のようにエレガントかもしれないけれどちょっと野暮ったい天使ばかりを描く画家がとても同じとは思えなかったのだ。
そこで、図録にある年譜を追っかけて、それぞれの美術館で購入してきた図録をひっくり返し、ペルジーノの絵をどんどん探していった。そうすると、彼の絵の経歴が見えてきて、非常におもしろくなった。また、書いてみたいと思う。
さらにこの美術展で興味を持ったのは、”模写”の必要性についてだった。上のピエタはペルージャの宮殿礼拝堂の祭壇画の一部で、その中央パネルはナポレオンによってパリに持ち去られたのだそうだ。
その際、ペルージャ市民の為に、画家ドメニコ・ガルビによる模写が作成されたという。はやりカトリック同士、敵であっても祭壇画の必要性は分かっていたのだ。現在本物はイタリアに返還され、ヴァティカン絵画館に収められているとか。その模写が展示されていたのだが、ヴァティカンの図録に本物の写真を見つけたので、両方をアップしておく。
どちらが本物かお分かりになるだろうか?左がコピー、右が本物。左の図が赤っぽいのは印刷によるものかもしれないが、やはりペルジーノの方が端正だと思う。
もう一つ、模写が展示されていた。本物は、ペルージャのある聖堂の礼拝堂の為に描いたラファエロの「キリストの埋葬」。なんと1608年、当時の教皇の甥で枢機卿だったシピオーネ・ボルゲーゼの密使によって盗まれたのだそうだ。それを知った教皇は、ペルージャ市民の怒りを抑える為に、カヴァリエール・ダンピーノというラファエロに似せて描く画家に模写を依頼し、ペルージャに作品を送ったという。ボルゲーゼ美術館の図録をみると、やはりあった!また、2つの作品を並べてアップする。
本のインクの違いによると思われるが、左がコピー、右がボルゲーゼ美術館にある本物。こちらはかなり似ている。
模写が、人々の怒りを静めるために必要だったとは!なんだか面白い現実を見つけた気分だった。
調べ集めた作品群を見ていくと、ペルジーノの初期の作品は丁寧で優雅さが漂い、ほんとうに美しいと思える。ところが、一見甘美さを漂わせ、敬虔さを強調していると思われるような絵も、繰り返し出てくる人物表現、表情、構図などを見ていくと、当時の人々に飽きられていったのも理解できる。次回、これについて書いてみたい。
イタリア初期ルネッサンスの画家ペルジーノを知ることが出来たのはほんと有意義だった。イタリア絵画がまた少し広がった感じでうれしい。この美術展に感謝!
《続き》 知らなかったピエトロ・ペルジーノ②はこちら
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