« 国宝「伴大納言絵巻」 出光美術館 | トップページ | フランスの絵巻物!バイユーのタペストリー La tapisserie de Bayeux »

2006年10月15日 (日)

ブルガリアの美しい”リラの僧院” Rilski Manastir 

Rilazentai1_3 ブルガリアへの旅行は忘れられません。パリ滞在時の事、旅行会社に飛行機とホテルを頼んでいたのに、”飛行機は取れたけれど、ホテルが取れない”との返事に、私は急いで日本語の本屋へ飛んで行き、定価の2倍半ほどするガイドブックを買い、中に書かれていたホテルへ自分で電話をして、予約を取ったのです。

その電話も、当時はフランスからブルガリアへの電話回線数もあまり多くなかった為、何度電話をかけても、”回線がいっぱいだ”というメッセージが流れるだけで、なかなか通じない。大きいホテルは満室らしいので、新しいホテルをピックアップし、予約が取れたときは、ほんとうにうれしかった。

空港からの交通手段も、私達は普通、公共のバスや列車を使うことにしているのですが、このブルガリアはちょっと大変でした。文字の読めないもどかしさ。バスを降りた場所が地図上の何処か分からなかったのです。その後はタクシーに乗ってしまったのですが、ホテルに着いた時は、いつに無くほっとしたのを覚えています。

チェックインした後すぐ、翌日のリラの僧院へ行く地元ツアーの予約をコンシエルジュに依頼。ガイドは英語のこと。リラの僧院は、山奥にあるので、公共の交通手段ではとても能率よく動けないと思ったのです。

上の写真がリラの僧院全景。1983年ユネスコ世界文化遺産に登録されたブルガリア正教の総本山で、国内最大の修道院。

ソフィアから南120キロ、高速道路が無く、のどかな田園風景を中を片道2車線や1車線の道を行くために、3時間かかります。うねうねと山道を走っていたのでボーっとしていたら、突然”着きました”と言われ、上の写真の左下に車は止まりました。

Rilagaiken1_1   Rilagaiken3 

修道士イヴァン・リルスキー(876-946)が、ここで隠遁生活を始め、小さな寺院を建立。そこへ全国から信者達が集まり始め、14世紀には、ブルガリアの宗教と文化の中心地となっていったのだそうです。

14世紀末から約500年もの間、ブルガリアはオスマン・トルコの支配下にあり、キリスト教もブルガリア語も禁止されていたのですが、この修道院だけは、ブルガリア正教の総本山としてブルガリア人の誇りと信仰が許されていたのだそうです。

門の外から見ると、普通の白い近代的な建造物のようで、とても僧院には見えません。ところが門をくぐると、このように色鮮やかな聖母誕生教会(左の写真)が現れるのです。壁の縞模様や塔の丸さがなんとなくイスラム文化を感じさせます。教会を真ん中に、修道士の独居房の建物が、要塞のようにその回りを囲んでいます。

右の写真の少し高いどっしりとした建物は、フレリョの塔といって、地震や大火を生き延びた14世紀に建てられたもの。この中には、14世紀に描かれたフレスコ画「キリストの変容」が残っているそうです。

Rilanaibu1_2  Rilanaibu3_1  

教会の内部は、どこもかしこも隙間もないほど全面フレスコ画で覆われています。私はロシアでロシア正教の教会を見た事があるので、このような金箔に覆われた派手な装飾は初めてではないのですが、やはりそのものすごい凝りようには、驚嘆しました。これらの建物は、1833年に大火があったため、その後建造されたものです。
バロック調の正面のイコノスタシス(聖像塀:正教の教会の身廊と内陣を仕切る壁)は、木を彫り、金箔を施したもので、1839年から1842年にかけて、アタナセ・テラドゥールとその工房が、ビザンチン様式とブルガリア様式、バロックを調和させて作成したもの。

Rilafresco1_2     Rilafresco3_1

聖堂外にある3面の回廊は、何時間いても飽きないほど、全面鮮やかな色のフレスコ画で覆われています。
このような派手な壁画を見たのは初めて。とてもすばらしい!修復時(1841年)に、ザハリ・ゾグラフという画家が無償で描いたのだそうです。

Rilatakara1_1  聖堂の左側に見える建物が歴史博物館になっていて、イコンや古い立派な聖書、教会の供物などが展示されています。ガイドさんが一番丁寧に説明してくださったのが、この写真の「ラファエロの十字架」でした。

高さ5~60センチの木製の十字架で、この小さな中に多くの聖書の場面と共に、なんと1500人もの人が彫り込まれているのです。

これはガラスのケースに入れられていて、360度から見られるのですが、裏にも別の場面が同じように細かく彫られていました。12年(1790~1802)の歳月をかけてこれを作った僧ラファエロは、完成したとき視力を失っていたそうです。

この細かさに感激し、フレリョの塔の1階の売店で、これと似た木製の同じように掘り込まれた(簡単なものですが)十字架を買ってしまいました。

以下に博物館の展示品を紹介します。左から、聖書ケースの表、大事な福音書の表紙、私がお土産に購入した十字架、ラファエロの十字架の一部分「キリストの降磔」

Rilabible2  Rilalivre1  Rilaomiyage1  Rilacroit2

|
|

« 国宝「伴大納言絵巻」 出光美術館 | トップページ | フランスの絵巻物!バイユーのタペストリー La tapisserie de Bayeux »

東ヨーロッパ Europe orientale」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/204923/13995934

この記事へのトラックバック一覧です: ブルガリアの美しい”リラの僧院” Rilski Manastir :

« 国宝「伴大納言絵巻」 出光美術館 | トップページ | フランスの絵巻物!バイユーのタペストリー La tapisserie de Bayeux »