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2006年9月13日 (水)

マンテーニャが仕えていた街 マントヴァ Mantova où Mantengna s'est devoué à la peinture

イタリアについての記述が少ないので、今日は観光にはちょっとマイナーな街マントヴァについて書こうと思う。

Mantova

ヴェローナから南40キロにある古代ローマ時代から栄えた中都市。街の中心部である北部は、穏やかな3つの湖に囲まれていて、半島のような感じ。

高速道路からこの街に入るには、必ず少し長めの橋を渡ることになるのだが、このとき、正面に重厚な壁の古い町全体が見渡せ、思わず止まりたくなる。しかし、車がそばを勢い良く走っているし、おまけに、早く見たいという焦りから、街へ突進してしまった。それにしても、ほんと美しい。

古くは詩人ウェルギィリウス(Vergilius BC70-BC19)の生誕の地であり、ルネッサンス時代には、パドヴァの画家アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna 1431-1506)が、この地を治めるゴンザーガ(Gonzaga)家に仕えた街でもある。

だからこの地には、マンテーニャの家もあるし、ゴンザーガ家の繁栄を伝えるドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)では、彼の見事なフレスコ画を見ることができる。

Photo このドゥカーレ宮殿、とてつもなく大きい。建物は目の前にあるのに、入り口さえどこにあるのかわからず、うろうろしてしまった。(右図の右のほうは、公的機関になっていて、最初そこへ入ってしまった。)

中に入ると、これまた迷路の連続。一応、矢印はあり、順路を示してくれているのだが、大きな建物のどこを歩いているのかさっぱり分からない。右図をみてほしい。なんと部屋数は500もあるのだそうだ。

Ducalemap この建造物がとても面白いのは、ヴェルサイユのような対称を重んじた美しさを追求するものではなく、継ぎ足し継ぎ足しで建てられた為、構造がめちゃめちゃになっていること。

右の宮殿内地図を見て欲しい。矢印に従って歩いたのだけれど、どこをどう歩いたのか、さっぱりわからない。

いろんな箇所に、人が一人通れるほどの抜け道のような通路があり、それぞれが異なる部屋や他の建物に繋がっていて、思わず好奇心をそそられる。一緒に行った息子も、「ドラクエやFFの宮殿に来たみたいだね」と楽しそう。

また、庭園がいくつかあるのだが、二階に上がったと思うのに、庭がすぐそこに見えたり、階下に下りたと思うのに、建物の上のほうに居て、庭がずっと下に見えたりしてとても変。「あれ?今さっき、階段降りたよね?」とか、「あれ?今階段上がったのにね・・・」という言葉の繰り返しながら、もう、とにかく建物の何階にいるのか分からなくなってしまった。

Appartamento_verde Photo_2

ここで有名なのは、ヴェローナの画家ピザネッッロ(Pisanello)が描いたとされる「フレスコ画の下絵」、そして、ヴェルサイユ宮殿建設に影響を与えたという「鏡の歩廊(Galleria degli pecchi)」、他にもたくさんあるけれど、必見なのは、「夫婦の部屋(Camera degli sposi)」の壁面全体に描かれているマンテーニャのフレスコ画。全体図で、ちょうど一番左上の部屋にあたる。

宮殿内は、階段の作りやむき出しになった壁からは、とても古いという印象を受けるが、やはりどこも凝っていてすばらしく、有名で無い部屋も見ごたえがある。人も少ないので、きょろきょろしながら、どこを歩いているのか分からずに歩いていると、やっと係員がいる美しい大きな講堂の前に来た。すると突然、座っていたその男の人が目の前に来て、ベラベラしゃべり始めた。一体何を話しているのか?当時はまだイタリア語は知らなかったので全然分からない。何かを伝えようとしているのは分かるのだが・・・

私は首を振って英語で「わかりません。」と言って、その大きな講堂へ入ろうとした時だった。「・・・・・Mantegna・・・」と聞こえたのだ。えっ?マンテーニャ?思わずその男の人に「マンテーニャの絵を見られるの?」と聞いたら、「Si」と言って、行こうとしていた反対方向を指差した。「Grazie mille!」と彼の親切に感謝しながら、大喜びで人気の無い方向に行った。

Photo_3

そう、講堂内には数人の人がいたのだが、反対方向には人の気配は感じられず、外に行く短い廊下があるだけだったのだ。少し歩くと下への階段があり、小さな中庭に出る。一旦外気に触れるようになっていて、また、別の建物の中に階段で入るようになっていた。それは、非常に段差が低く、一段の幅が1メートルほどの非常になだらかな回り階段になっていて、壁も漆喰のような宮殿らしからぬ古さを見せていた。階段の壁には何箇所か抜け道ある。私はなぜかこの階段が一番気に入ってしまった。

Camera_degli_sposi Mantegnasposi

階段を登りきると、うわー!あった!フレスコ画で埋め尽くされた部屋が!天上から床まで壁全体に描かれている。見事!部屋とピッタリ合ってる。正面には、ルドヴィコ二世(1448-78)が秘書と話している様子や彼の妻、子供達、仕えの人達などが描かれてる(2つ上の横長の図)。部屋の左は誰かの出会いの場面。豪華な服の美しさ、服のひだや木々の鮮明かつ繊細な描写、上部の装飾画、すべてとてもフレスコ画とは思えない。天井には空が描かれ、キューピッドが下を向き、この部屋を覗き込んでいる。部屋中が絵に描かれているというのは、慣れていないせいか落ち着かないが、非常に艶やかで贅沢さに満ち溢れている。宮殿の離れのような場所で、私生活を満喫していたのだろう。

私生活といえば、このマントヴァには街中から離れた場所に、ラファエロの弟子である建築家ジュリオ・ロマーノによって、ゴンザーガ家のフェデリコ二世だけの為に建てられた豪華なテ宮殿(このサイトは非常に充実していて、VISITAをクリックしていただくと、平面図と同時に各部屋内部を見られます。)もあるのですが、それはまた別の機会に書くことにします。

なお、入場料金はドゥカーレ宮殿 6.5ユーロ、テ宮殿 8ユーロ(2006年9月現在)。個人的な判断では、ドゥカーレの方がずーっと見る価値があり面白いのだが、どうしてテ宮殿の方が高いのか分からない。

なお、今ドゥカーレ宮殿のサイトを見ると、2006年9月16日から2007年1月14日まで「マナンテーニャとその時代の彫刻展」を開催しているようです。

(追記 2008/02/13)
「夫婦の間」のフレスコ画の詳細は、次の2回にわたって書きました。
マンテーニャの壁画について ①壁画の社会的意味
     〃            ②ルドヴィーコ2世の家族

また、パドヴァのエレミターニ教会内にあるオヴェターリ礼拝堂に描かれ、戦争で破壊されたマンテーニャの壁画についても書いています。
破壊されたマンテーニャのフレスコ画

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