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2006年9月22日 (金)

文化の秋 L'autome pour la culture

20050908

月曜日から5日間で、観たもの、聞いたもの。

先ず、友人の誘いで、フランス語によるレンブラントの絵の説明と聖書「サマリアの女」の場面の解釈を、ある教会に聞きに行きました。私はクリスチャンではないのですが、説明はとても興味深かったです。

琳派の絵は、頭を空っぽにしてただボーッと美しさだけを感じればいいのですが、さすが、聖書に関する絵に関しては、そうは行かないのだと、フランス人の先生の説明を聞いて実感。

初め何の説明もなくレンブラントの絵を見たときは、場面の状況も分からず、会話をしているらしいイエスと女が眼に入るだけで、絵からは沈黙しか感じられなかったのに、説明後にもう一度見たときは、2人の会話が聞こえたように思えました。おまけにその変化するトーンまで。不思議・・・

二つ目、宗達、光琳、抱一の「風神雷神図屏風」を観に出光美術館へ。

三つ目、能「遊行柳」 国立能楽堂。毎年いくつかの能は見ています。今日のは、渋かったけど良かった・・・。能面が見るからにしなびていて、あの能舞台全体が”人絶えて荒れは果つる”ように見え、秋のもの寂しさと老木の精の気持ちが一致し、その中でゆっくり舞うシテが美しく見えました。こんなに動きもなく、シテの衣装も鮮やかでない能ですと寝てしまう事も多いのですが、今回は、どっぷり閑寂の世界に入り込めたかな。舞囃子での「繪馬」、リズムの変化が面白く、舞台で3人が踊るのは壮観でした。ぜひとも能でみてみたい。

四つ目、サミュエル・ベケット作「エンドゲーム」 世田谷パブリlクシアター・シアタートラム。ベケットはよくわからない。代表作「ゴトーを待ちながら」はフランス語で読んだけど、なんだか分からないまま終わってしまった・・・えっ?ゴトーは?という感じ。でも、これは当時はあまりにも革新的内容だったでしょうね。絵で言うと、具象から突然抽象になった感じ。

今回のは、日本語での劇なのに、やはり分からない。ドラム缶の中の人たちは、いったい何を表しているのだろう?眼も見えず、足も動かないハム、人の手を借りなければ生活できない彼は、象徴的に私達のことを指しているのだろうか?灰色の外界、変化のない死んだような毎日、”昨日”という言う言葉に異常に反応する出演者、彼らにとって、いえベケットにとって、そして私達にとって”昨日”とは、どういう意味なのだろう?疑問が山のように出てくる。

来週になると、専門家の方々のトークがあるらしいのですが、残念ながらチケットを取ったときはそんなことは全然知らず。ベケットの面白さを聞きたかったなあ~。帰りの出口あたりで、「ベケットが好きで好きで・・・」と話している声を耳に挟んだ。へー、そういう人もいるんだ。確かに分かれば分かるほど面白いでしょうね。でも今の私にとっては、もう少し単純なイオネスコの劇の方が面白くて、いいけれど。

今週からはイタリア語の授業も、友人達とのモリエールを読む勉強会も始まってしまったし、来週からはさらにフランス語の授業(le mondeを読む)も始まる。また忙しい1週間の繰り返しが12月上旬まで続くことになるのです、ハァ~・・・

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