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2006年7月22日 (土)

巡礼の地 ヴェズレー Vézelay: Un pèlerinage

Paysage1

昨日、日本語の訳だけでは、ヴェズレーの平和の誓いの運動と、十字架を背負ってくる理由が分からない、と書いたが、友人にそれを話したところ、ちゃんとスーパーに“尊敬と名誉、犠牲と苦難を表す十字架と共に、理想の世界を築こう”と書かれていて、ナレーターは“この人々の列を、平和の十字軍と呼んだ”と説明していたと、話してくれた。

Tampin1 すみません。フランス語を一生懸命に聞こうとすると、他の事ができないもので・・・でも、どうしてこの司祭が、平和の運動と十字軍を兼ねたのか分からなかったが、その理由が、ヴェズレーで買った小冊子(仏語)を読んでみて、はっきり分かった。

1946年は、1146年第二次十字軍がこのヴェズレーを出発してから800年目に当たり、これを祝う行事だったのだ。だから、フランス語で “ la croisade de la fête ” と言葉を使っていたのだと納得。

ミシュランによると、ヴェズレーは11世紀後半から12世紀初頭にかけて建てられ、丁度十字軍が出た頃は、近くに住む伯爵もその繁栄振りに嫉妬するほど、栄えていたらしい。13世紀後半、プロヴァンスの町で聖女マドレーヌの骨だと証明されたとの発表によって急速に衰え、さらに、カルヴァン派に荒らされ、大革命で荒廃し、ついに落雷の為に破壊。20年後の1840年、歴史的建造物として価値が認められ、再建となったようだ。

購入した別の白黒の小冊子には、修復前の写真が載っている。ファサード(正面)の左上がなくなっており、その後ろにあるべき身廊が無い様に見える。このような状況の中、よくこのように美しくタンパン(半円形の壁彫刻)や柱頭が残っていたと感心する。

Jacob Veauor

左の柱頭は、ヤコブが夢の中で天使と戦っている場面、右側は、左に十戒を彫った石版を持ったモーゼの目の前で、人々が偶像崇拝禁止という約束を忘れて作ってしまった黄金の牛の前で祝っているという旧約聖書の場面を表わしている。

ゴシック教会にも彫刻は多く見られるが、より洗練され整った形をしている。一方、ロマネスク教会のは、左の牛の上にいる人のように、現実離れした想像上の生き物も多く登場し、時には滑稽なのもあったりして、見ていて非常におもしろい。

*** その他のヴェズレーに付いての記述 ***

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