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2006年7月30日 (日)

写真の力

Photo_9

この写真は、パンフレットに載っている2006年世界報道写真大賞を受賞したカナダ人の作品「緊急食糧支援センターの母と子」。母親の口元に当てられた一歳の子供の手は、硬くしわしわで、とても赤ちゃんの手とは思えない。

今日になって、やっと重い腰を上げて東京都写真美術館へ見に行く。最終日ということもあり、大変混雑していた。世界を見失わないようにと、毎年写真展は心がけて行くようにしているのだが、行く前はいつも気が重い。

写真という報道手段は、立ち会ったとこの無い人間には想像もできない現実の激しさ厳しさ不条理さを、私達に直接ボーンとぶっつけてくる。毎回、その衝撃があまりにも大きいのだ。キャバやサルガドなどの写真が、社会を揺り動かすのも理解できる。

ダンボールという棺おけに入っている、銃で撃たれた少年を囲んで、親族が悲しみにくれている写真。ダンボールに付いている、かすかなまだ鮮明な血痕がいやに気になる。

イラクで、車を止めなかったという理由だけで米軍が連射し、両親が死に、両手を血で真っ赤に染めたまま泣き叫ぶ2,3歳の女の子。

人権も保障も何も無い、命を削って働いているコンゴのダイヤモンド発掘現場と、豪華なダイヤモンドを首に飾ったご婦人達がにこやかに集うロンドンの社交界の対比。

他にもいろいろあったが、特に2つだけ、ちょっと書かせていただく。1つは、アフリカからの違法移民の立場から撮った連続写真。フランスのパリ・マッチ紙と書いていたが、これは、ケーブルテレビのディスカバリーチャネルでも放映されていたのと同じなのだろうか?

フランス人ジャーナリストがカメラマンと共に、違法移民と一緒に行動して、スペインへ行くまでを追ったドッキュメンタリーで、途中、一回は遭難し死者も出ていた。また、船に水が浸水し、みんなで水をかき出していたところとか、スペインの監視船に捕まったところなど、すべて状況は同じだ。

違法移民達は、皆で”言葉を話さないでおこう”と話し合っていた。話せば出身国がばれて、強制送還になるが、帰国すべき国が分からない場合は、ヨーロッパに残れるのだ。監視船に見つかったとき、ジャーナリストは一生懸命事情を説明していたが、他の人は当然無言だった。

その連続写真の最後は、暗い中、違法移民の一人がバス停に佇んでいる場面なのだが、なんとそのバス停の名前が”LE NOYER”。これを名詞ととれば、”くるみの木”を意味する。しかし、動詞で考えれば、”彼を溺れさせる、溺死させる”という意になる。当然前者の意には違いないが、なんとなく、彼の過去(もしくは未来かも?)を暗示させているように思える。

もう1つちょっと驚きだったのは、香港の北方の中国での写真で、沢山の若者がルネッサンスの名画を模写している場面。そっくりに描かれたゴッホの自画像の前で、2人の男性が裸で眠ってしまっている場面もある。

ここは、模写する工場のようだ。”絵を描く”とは、”労働”であることには違いないが、ここでは、強制的に追い立てられて描いているように見える。なんだか、違和感を覚える。

ちょっと話が飛ぶのだが、2年半習ったフランス人の先生が今回帰国することになり、先日みんなでお別れ会をした。その席で先生がおっしゃっていた。”日本は、あまりにも便利すぎる。物が豊富すぎる。”と。それに加えて、”テレビの番組のレベルが低い”と。

授業中でもよく、”日本のテレビには、世界の情報があまりにも少ない”とおっしゃっていた。それはいつも痛感している。日本にいると、世界が見えてこない。世界のホテルのように、F2(フランス2)やBBCなどがいつでも見られるようにして欲しいと切に願う。

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