ケルンのロマネスク 聖ウルズラ教会 St. Ursula
ケルン市内に12ものロマネスク教会があるのを知ったのは、今回(2011年5月連休)の旅行の行程を決め、ホテルもすべて予約した後でした。ほんとに、知らなかった・・・こんな素敵な教会があったとは・・・
ケルンへは以前、パリからタリスに乗って行ったことがあるので、1泊で十分と思ったのだけれど、全くの誤りでした、もう1泊したかったなあ・・・。今更言っても始まらない。そのうちの4つだけでも訪問できて良かった事にしよう!
さてまずは、大聖堂に一番近い、聖ウルズラ教会(St. Ursula)。大聖堂から徒歩20分ぐらい北西に位置する教会で、大通りを渡るとすぐに見えてきます。右上の画像は、16世紀の聖ウルズラ教会周辺。教会の右側に見える城壁には、現在、鉄道が通っています。右下の方向にケルン中央駅があります。次の写真は、南東からのもの。
次のは、西正面。午後4時頃という、西側を撮るにはベストの時間に撮りました。フランスではあまり見かけない教会の外観に、胸ワクワクでした。それにしても、5月上旬の空は綺麗ですね。
ここは、聖ウルズラに捧げられた教会。5世紀、英国の王女であったウルズラは、10人(伝説では1万1千人)の処女と共にフン族によって殺されたのだそうです。だからなのか、至る所に若く美しい女性の胸像が設置されていました。それにしても、聖ウルズラって、誰なんでしょう?
初めて聞く名前だったので、”黄金伝説”を探してみましたら、ありました!”聖ウルスラ”という、濁音なしの名前が通例になっているようです。平凡社ライブラリーの黄金伝説を4冊とも買っていて、よかったー!と久しぶりに思えた一瞬でした。さらに分かったことは、なんとあのヴェネチア派のカルパッチョが、聖ウルスラ伝説をシリーズで描いていたのです。次回、ブリタニアの王女聖ウルスラが、どうしてケルンで1万1千人の乙女と殉教することになったのか、そのお話とカルパッチョの画像をアップしますね。
さてこれが、その美しい聖女ウルスラです。
ロマネスクとはいえ、壁などがあまりにも白いので、今までの画像を見てがっかりされた方もいらっしゃるでしょう・・・仕方ないのです。第2次世界大戦で、ケルンの教会はほとんどが壊滅状態になったのですから・・・。元の姿を蘇らせようと、戦後数年後から大規模修復を開始したのです。しかし、その外観は、以前の姿と同じように見えるよう、考慮されているのです。
歴史的には、現在ゴシック様式の内陣に置かれていた5世紀のローマ時代の墓碑(現在、ローマ・ゲルマン博物館が所蔵)から、この場所は、かつてローマ時代の殉教者の墓地であったことが分かったそうです。866年、フランク族の大司教Guntherが新しい教会を建てたもの、881〜2年のノルマンの侵入、さらには、マジャール人の侵入によって破壊されるのです。922年、大司教Hermann de Bliesgauは、後陣と聖遺物箱を加えて、再建へ。
この上の写真は、入り口側を撮ったもの。ドイツの教会に特徴的なのは、このように教会入口上部が必ず2階建てになっていること。ここは、皇帝のような権力者が参列する場だったそうです。現在はよく、パイプオルガンが置かれていますね。それにしても、丸いアーチが美しいです。
3つの側廊を持つという新しいバジリカ様式が建設されるようになり、12世紀中ごろ、一番右側がつまり南に側廊が増築され、右のような平面になりました。その後南側の側廊だけ、15世紀中頃ゴシックに変えられたそうです。右側の壁は、このようになっていました。
さて、問題の《金の小部屋 Goldene Kammer》は、入り口右側にありました。1643年に設けられたこの部屋は、その4面の壁に、14世紀から17世紀の聖遺物胸像が120体もあるのだそうです。実は、これが一番見たかったものでしたが、足を踏み入れた途端、ちょっと後退りしてしまう程の部屋の狭さと骨の多さでして、あまり気持ち良いものではありませんでした。
丁度、年配の管理人の方が、3人のドイツ人に一生懸命に説明していたところでして、タイミングが悪かったみたいでした。英語で尋ねたのですが、相手は英語があまり分からなかったようで、こちらもドイツ語が分からないので、仕方ないですね。でも、しっかり彼から小冊子を購入しました。
おわかりでしょうか?上部の模様も、全て人骨!。4面ともこのようなので、もう圧巻!どこに身を置いていいのかも分からなかったです!ローマに骸骨寺というのがありまして、そこではシャンデリアに人骨が使われていたので、ギョッとしたことがありましたが、ここでは全くそれ以上です。ヨーロッパ人の感覚が全然わかりません・・・
このように美しい胸像の中にも、ちゃんと頭蓋骨が入っていました。実は私達、こういう骨ばかりの教会を、ポルトガルでも見たことがあります。記憶は薄れているのですが、その教会は、ここよりもう~んと広くて、現在でも一般の人々の骨を集めていて、確か教会入り口に、”貴方の骨をお迎えします”、というようなことを書いていたように思うのですが・・・また、ポルトガルの事を書くときに、整理したいと思います。(何時の事になるやら・・・)
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